Days・1
ロックオンは目を開けた。
国連軍との最終決戦で負傷して、意識は霞み、視界はぼやけた。
次に目を開ける時は地獄だろう。それが覚えている最後の記憶。
だがいま視界に写るのは、白い天井。
体を起こせば、自分が寝ていたのは医療用カプセル。
それ以外には何もない、殺風景といえる四角い空間に、
地獄にしては随分とまた日常的な光景だと口の端をあげた。
鼻で笑った自分の声を聞きながら、
やけに感覚もリアルだと、両腕をあげ手を握ったり開いたりしながら考えた。
おかしい。
自分は死んだ筈なのに。
これではまるで生きているようだ。
末期の夢というが、復讐という目的は果たして満足した筈なのに、
それでもまだ「生きたい」という願いがどこかにあるのだろうか。
だとしたら自分も、相当に命根性が汚い。
ロックオンが片手で額を押さえた時、微かにドアの開閉音がした。
「気が付いた?」
「…ミス・スメラギ…」
ロックオンは呆然とした。
ソレスタル・ビーイングの戦術予報士が見た事もない服を着てそこに立っていた。
(どういうことだ?)
自分の状況がますます分からない。
夢なのか、現実なのか。
そして自分は生きているのかいないのか。
「まずは生還おめでとう、ロックオン」
混乱するロックオンに、スメラギは答えとなる言葉をかけた。
スメラギはロックオンに、今までの状況を話してくれた。
国連軍との最終決戦―――後にフォーリンエンジェルズ―――と命名されたその戦いで、
ロックオンは瀕死の重傷を負ったという。
スメラギ達も最初はロックオンを喪ったと思った。
だが戦闘後の宙域で、MSの残骸を集めるジャンク屋と呼ばれる一団が、
彼を助け医療用カプセルに収容してくれた。
ソレスタル・ビーイングがそれを突き止めたのは、
あの戦いから実に一年が経った後だった。
スメラギ達はロックオンを彼らから引き取り、再生医療にあたった。
ただ命はある。
それだけの状態だったから、
失われた体を再生するのに4年の年月を費やした。
そしてようやく、この日を迎えることができたのだとスメラギは話した。
仲間達の安否も聞いた。
ロックオンが知るメンバーの中で、
モレノとクリス、リヒティが帰らぬ人となっていたのは残念だったが、
他のトレミークルー、そしてマイスター達が無事だったことは嬉しかった。
アレルヤにはマリーという大事な存在が出来て、
いまは地上に降りているという。
ティエリアは実はイノベイドという生体端末で、
肉体は失ったが、意識や記憶はヴェーダの中にあり、そこに存在している。
刹那は地上に降り、そこで生活しているという。
弟のライルが二代目のロックオン・ストラトスを名乗り、
ソレスタル・ビーイングで活動していたことが一番の驚きでもあった。
よもや弟とこういう形にしろ、再会できるとは思わなかった。
ロックオンの知る全ては変わっていた。
世界が変わっていた。
眠っている間に全て。
自分はなにもしていないのに、あっけない程。
3つの陣営は統一され、戦争や紛争の類は少しずつ、
ロックオンからすればもどかしいくらいにも見えたが、
着実におさまりつつあり、争いのない世界へと少しずつ模索しながら歩み始めている。
望んでいた世界は目の前に広がっている、
そこで自分は生きて行ける。
戦いの毎日に、身を投じる必要もない。
「満足か」と否定の疑問を投げかけた青い星は、
その答えまで用意していた。
望んだ世界で生きている。
これで良いはずなのに、なぜか釈然としない気持ちがあった。
心の底に澱のようにたまった何かが、
対流を起こしたように表面に浮き上がってくる。
そして喉に何かが詰まったような感情。
これは何なのだろう。
自問自答しながら暫く過ごしていたロックオンは、
ある日スメラギから呼ばれ、
リハビリを兼ねて少し地上で生活してはどうかと提案された。
5年振りに目覚めた上に、何もかも変わってしまった世界に、
戸惑いも大きいだろうと言われた。
気持ちが落ち着くまで、好きなだけ。
スメラギはどうやら、ロックオンが釈然としない何かを抱えたまま、
生活していることに気がついたらしい。
さすがは洞察に長けた、戦術予報士である。
ロックオンはスメラギからの提案に素直に乗ることにした。
地上で生活するところは、刹那が住んでいるところにした。
連絡やその他を考えたら、2人同じ場所にいた方がいい。
そう考えての提案だったが
最初にそれを言った時、スメラギはなぜか複雑な顔をした。
刹那は、ロックオンが一番目をかけ、世話を焼いていた仲間でもある。
彼がどう過ごしているのかは正直気になっていた。
刹那に会いたい思いもあった。
スメラギが刹那に連絡を取り、ロックオンは地上に降りることになった。
「ほい、これが予防薬と、抑制剤だ。
それとこれが、チェック用の機械、それから…」
「まだあるのかよ、おやっさん」
テーブルの上に無造作に積み上げられていく薬と、
機械の類にロックオンがうんざりして頭を掻いた。
「当たり前だろうが、お前さんの体のことだぞ」
イアンは子供を叱りつける顔をして、ロックオンをじとりと睨んだ。
「5年もカプセルに入っとったんだ、不均衡状態も長く続く。
それに疑似GN粒子のこともある」
疑似太陽炉からのGN粒子には強烈な細胞毒性があり、人体の細胞を破壊する。
ロックオンの怪我の直接の原因はそれではないが、
今まではカプセルの中にいたため、表だって出てきていないだけかもしれない。
イアンはその影響がないか、心配していた。
「わかってる」
細胞障害がでたらそこを切除しなければならない。
そうでないと周りの健康な細胞にもそれは波及していく。
体の末端なら切除ということもできるが、
体幹に現れたら打つ手がないのが実情であるという。
5年を経た現在、その段階によって進行を止める薬は開発されたものの、
根本的な治療法はいまだなかった。
「最初は3日に一度、その後は様子を見ながら日にちを決める。
万が一にでも症状が現れたらこれを飲め」
イアンはテーブルに用意した薬とは別の錠剤を、ロックオンに手渡した。
薬であるのに、そう思えない禍々しい赤い色をしていた。
本来であればある程度状態が進んだ時に飲むものだが、
基地に戻って手当するまでの応急処置としては十分に役立つと言った。
「用意周到だな」
「笑い事じゃないぞ、ロックオン。
儂らはもう仲間は誰も失いたくないんだ」
症状がでたら、もう遅いんだ。
でる前ならなんとかなる。
最低半年は様子を見るからな。
暫く会えない間に、随分とまた慎重で用心深い性格になったと、
気のおけないメカニックをからかおうとしたロックオンだが、
大真面目に宣言され、押し黙った。
「ああ、わかったよ」
「…脅かすようなことを言ってなんだが、まあのんびりしてこい」
「そうするよ」
刹那も喜ぶ、とイアンは言った。
「その割にはあいつから、何の連絡もないんだけどな」
ロックオンが苦い顔をした。
自分が地上に降りることを知っているはずなのに、当の刹那からは何の連絡もない。
ロックオンはそれが不満だった。
「あいつにそんなこと期待するな」
イアンも苦笑しながら、
「だが会いたいと思っているはずだ」と付け足した。
「そう思ってくれたら嬉しいよ」
こんな俺でもね。
「どうかしたのか?ロックオン…」
暗い表情を浮かべ、自らを卑下するロックオンなど見たことがない。
マイスターのリーダー格だったこの男は、
いつも明るく、飄々と仲間達の中心にいた。
彼らしくない態度が、イアンは気にかかった。
「いや、何でもないよ」
「…そうか」
イアンはそれ以上何も聞かなかった。
ロックオンも話さなかった。
「おやっさん、刹那は少しは変わったか」
ロックオンは重苦しくなった空気を払拭するように話を変えた。
「ああ、変わったぞ。あいつが一番」
「そうか、会うのがますます楽しみだよ」
昔から面倒を見ていたせいだろうか。
刹那のことは、もう一人の弟のような存在と言ってもいい。
ロックオンは刹那に会うことを楽しみにすることにした。
だがどうして彼は、自分が目覚めたあと連絡をくれなかったのか。
他のマイスター達は、みな連絡をくれたのに。
淡泊でそんなことは頭にないのだろうか。
ロックオンはそれを不思議に思い、
そのことに一抹の寂しさを覚えながら地上に降りた。
刹那が暮らしているのはアイルランドだった。
ロックオンの故郷である。
しかも生まれ育った町のすぐ近くで、家族の墓も近い場所。
町の郊外の一軒家に住んでいるという。
刹那はなぜ、ここを選んだのだろう。
もっと気候がいい国や土地はいくらでもあるというのに。
ロックオンはそう思いながら、刹那が暮らす家に向かった。
「久しぶりだな、刹那」
ある意味では奇跡とも言える再会である。
どんな言葉をかけようか迷った挙げ句、玄関を開けた刹那に、
ロックオンがかけた第一声はありきたりなものだった。
5年振りに会う刹那はすっかり変わっていた。
ロックオンは刹那の変貌に驚かされた。
背が伸びた。
頭一つ高かった筈だが、いまは目線が低い位。
華奢ではあるが、自分の腕の中にすっぽりおさまってしまうような、
小柄な体ではなくなっていた。
髪も少し伸びている。
瞳だけは変わらず意思の強さを感じさせたが、
幾分柔らかい印象を醸し出していた。
「…久しぶりだ、ロックオン…」
元気そうだ。
抑揚のないその声はだけは昔のままだったが、
その底辺にも穏やかさが感じられる。
全体として、抜き身の刃のような、あの印象が消えていた。
「お前もな」
お互い何の変哲もない言葉を交わしながら、
ロックオンは自分の目をこらす。
(これが、あの刹那か…?)
誰に会った時よりも、衝撃が大きかった。
「立ち話もなんだ。中に入れ」
促されるまま、家の中に入る。
刹那はロックオンの来訪を歓迎してくれた。
「スメラギから連絡は受けている、のんびりと日常を過ごすといい」
そう言って笑った。
何より一番の変化はその笑顔だった。
微笑む柔和な顔は初めてみる類のもので、ロックオンは思わずドキリとした。
再会は劇的でもなんでもなく、
むしろあっけないほど、あっさりしたものだった。
5年という歳月がそこに横たわっているとは思えなかった。
荷物を置いて着替えたあと、
ロックオンはリビングのソファに腰掛け、刹那と色々な話をした。
もっともロックオンはその間、眠っているだけだったから、
話と言っても刹那のことが中心になる。
刹那は4年間、世界を彷徨っていたと言って、
訪れたいくつもの国の話をしてくれた。
そこでどう思って、何を考えたかも話してくれた。
(少しは話すようになったんだな)
ロックオンにとっては、これも刹那の変化の一つだった。
イアンが言っていたように、メンバーの中で一番変わったように思える。
穏やかさと落ち着きを身につけ、笑顔を見せるようになり、
自分の思いも口に出すようになった。
彼にとっては、いい変化と言えた。
そう、刹那も変わったのだ。
ロックオンはそのことに苦しさを覚えた。
「今日は祝いの料理を作る」
「なあ、刹那」
立ち上がった刹那を呼び止めた。
刹那は「なんだ」と訊ねた。
「俺が地上に降りるわけ、ミス・スメラギからなんて聞いた?」
「しばらく地上で落ち着いて過ごしたい、そう聞いている」
「それは事実だけどな…」
本当の理由は別にある。
聞いてくれるか。
ロックオンはそこで複雑な笑みを浮かべた。
「話してくれ」
刹那はロックオンの向かいに腰を下ろすと、静かに話をふった。
「気がついちまったんだよ、自分の本心に」
振り上げた拳を下ろす先がないことが納得いかなかった。
世界を変えたいと思いながら、その実は復讐したかっただけ。
憎悪と絶望をむける矛先を求めていた。
それに気が付いたのだと。
目覚めた時から、感じていた心の中の澱の正体はこれだったのだと。
そして思い知らされた。
自分は何も変わっていないことに。
仲間達はみな変わっているのに、自分だけが取り残された気分だった。
こんな気持ちのまま、変わった世界に向き合うのか。
この心を抱えて、「武力」という力を行使する自分の目は、
曇らずに物事を捉えることができるのか。
このままソレスタル・ビーイングにいてもいいのかと。
ロックオンは刹那の前で、初めて今まで胸に秘めていた感情を吐露した。
刹那は暫く沈黙していた。
うなだれた自分を、彼が見つめていることは感じられた。
「ロックオン、俺は嬉しい」
やがて口を開いた刹那の言葉に、ロックオンは顔を上げた。
「あんたが生きていて、目覚めてくれて、こうして話していることが」
それは聞いた限りでは、
ロックオンの告白に対しておよそかけ離れている内容だった。
だが自らを否定しているロックオンにとって、
それは自己を肯定してくれる言葉に聞こえた。
「あんたは生きている。だから、これから変わっていけばいい」
「刹那…」
「違うか」
「…そうだな」
喉のつかえが少しだけとれたような気になって、ロックオンは目を瞠る。
あくまでも穏やかに、だが力強く宣言した刹那の言葉を胸に噛みしめた。
「会って早々、こんな話して悪かったな、刹那」
「気にしていない」
こんな遣り取り、どこかであったとロックオンは思う。
そう、あれは刹那に一度、銃を向けた後だった。
あの時も刹那は、確かにそう言って、自分を楽にしてくれたのだ。
(こういうところも成長なしか)
ロックオンは苦笑する。
刹那に対しては、兄のような自負を持っていたが、
それにしては情けない兄貴である。
それにしても。
「ありがとな、刹那」
なんか告白されてるみたいな気分だよ。
照れ隠しにそう言うと、
刹那も驚いたように目を見開き「そうだな」と笑った。
3日に一度のメディカルチェックを受けながら、
ロックオンは刹那との生活を始めた。
穏やかな毎日が過ぎていく。
掃除、洗濯、買い物、料理。
家事は全て刹那と分担してやる。
他愛ない話をして、何を話すでもなく、
互いに好きなことをして居間で過ごす。
沈黙も苦ではなく、ただ静かな一時だった。
ロックオンは、刹那と過ごすうちに、
これも確かに自分が望んでいたことだと気がついた。
復讐と憎悪は、得られないとわかっていたこの日常に対する裏返しだ。
自分の中の昏い気持ちが、少しずつだが和らいでいく毎日。
刹那といると心が安らいだ。
こんな気持ちで、世界を見ていくことができたらいいと。
一緒に暮らし始めて1ヶ月くらいの時、
そう言って礼を言ったら
「あんたにはよくしてもらった」と返してきた。
聞き分けのない弟のような少年は、
他人を気遣う心を持った青年に成長していた。
感慨深い思いがした。
ロックオンはそんな刹那に、どんどん惹かれていく自分に気が付いた。
彼の姿と言葉が、心を占める自分に気が付いた。
なんだ、この気持ちは。
仲間だとか、弟だとか、保護者だとか。
ロックオンは刹那に、そんな立場を越えた思いを抱き始めた。
同じ家で生活して2ヶ月目に入る頃、
ロックオンは刹那への思いが何なのかを自覚した。
カプセルから目覚めた時とは、
また違う悩みを抱えることになったロックオンは、
数日悩んだが、自分の気持ちを刹那に伝えることにして、
自室を出たが刹那は出かけていた。
どうやら買い物にでも行ったらしい。
ロックオンは肩すかしを食らった気になったが、
刹那の帰りを待つことにして、リビングのソファに腰を下ろす。
TVのリモコンを手に取ったとき、床に何かが落ちているのに気がついた。
それは禍々しい赤い色をした錠剤だった。
イアンから渡された、細胞障害を抑制する薬である。
(何だってこんなものが…?)
つまみ上げた後で、ロックオンは弾かれたように立ち上がった。
急いで部屋に戻り、荷物を確認する。
中を引っ掻きまわして目的のものを確認した後、スメラギに通信を繋げた。
それから1ヶ月。
ロックオンは眠れない毎日を過ごしている。
今日も夕食を食べて早々、自室に引っ込んでしまった。
ここしばらく様子のおかしいロックオンに、
刹那は「何かあったのか」と気にしていたが、その顔を見るのも辛かった。
ベッドの上で、天井を見あげる。
刹那が好きだ。
自分の気持ちを自覚したロックオンは、確認する思いで心中に呟く。
だがどうする。
この呟きも毎回のことである。
幸せな感情をもたらす筈のその思いは、
ロックオンにとって苦悩をもたらすものにもなっていた。
自分はこの気持ちをどうしたらいい。
(同じだ…)
世界を変えたいと思った気持ちと、同じ末路を辿る。
いずれ置き去りにされる思いだと分かった。
だったらどうしたらいい。
正しい答えなどある訳がない。
自分がどう思い、どうするかの問題だ。
一度思いを向けたものに対する、自分の執着の深さは「業」のようなものだ。
それはよくわかっている。
簡単に諦められるものではなかった。
(刹那、お前は俺をどう思ってる?)
自分と同じように、思ってくれているとは思えない。
だが受け入れてくれるのであれば。
(俺は…)
まんじりともしない内に、今日も夜は明けた。
「ロックオン、食事の時間だ」
なかなか起きてこないロックオンに、
刹那が部屋まで来て声をかけた。
目を開けたまま、ベッドに仰向けになっているロックオンの元に、
刹那が歩いてくる。
「どうしたロックオン」
様子が変だ、具合でも悪いのか。
気遣わしげに自分の様子を窺う刹那を見つめる。
その顔を見て、声を聞いたらたまらなくなった。
抑えていた気持ちが堰を切って溢れ出した。
額に手を当てようとする刹那の腕を、ロックオンが掴んだ。
痛いくらいの力で掴まれ、刹那は思わず顔を顰めた。
「好きだ、刹那」
脈絡も何もなく、いきなり言われて刹那は目を見開いた。
「ロックオン…?」
「刹那は?俺のこと好きか」
「…何を言っている」
「答えてくれ、刹那。俺のこと好きか」
「…ああ、好きだ」
いきなりどうしたんだ、と言いながら答えてくる刹那に、
ロックオンは「そういう意味じゃない」とその体をベッドに引っ張りこむ。
体勢を崩して、倒れ込んだ刹那の体に馬乗りになる格好で、
そのまま唇を重ねた。
「…!」
目を見開いたまま、キスを受けた刹那がロックオンの体を押し返した。
「何のつもりだ、ロックオン…!」
「好きだって言ったろ」
こういう意味で、俺は刹那が好きなんだ。
狂おしいまでの瞳を向けて告白され、
刹那の目が限界まで見開かれた。
ロックオンはそのまま、刹那の首に顔を埋めた。
「やめろ、ロックオン!」
刹那は必死にロックオンの体をはね除けた。
「俺のこと好きなんだろう?」
「こういう、意味じゃない!」
「どんな意味でもいい、好きなら…!」
尚も強引に迫るロックオンに、刹那は抵抗した。
押さえつけようとするロックオンに、もがいて逃れようとする刹那。
業を煮やしたロックオンは、
乱暴な仕草で刹那が着ていたシャツの合わせに手をかけると、
ボタンを引きちぎった。
「やめろ―――!!」
露わになった褐色の胸に、顔を埋めかけた時、
刹那が絶叫した。
悲鳴のような声と、蒼白になった顔を見て、正気に戻った。
「…すまない」
引きちぎってしまったシャツを、
自分の視線から隠すように合わせて、刹那の体から退いた。
「こんなことするつもりじゃなかった、すまない」
仰向けになったままの刹那に、もう一度謝る。
刹那がようやく体を起こした。
「刹那、俺はお前が好きだ。
他の誰とも違う特別な気持ちで」
本気だ、とロックオンは続けた。
それに応えてくれる気はないかと。
嫌いじゃないなら考えて欲しいと。
刹那はロックオンの顔を凝視したあと、辛そうに俯いた。
「…無理だ」
そういう気持ちは持てない。
刹那は小さい声だが、きっぱりと言い切った。
「そうか…」
ロックオンは天井を仰いだ。
「すまない、ロックオン」
「…いいさ」
かえって良かったのかもしれない。
刹那にその気がないのなら、これ以上傷つくことも苦しむこともないだろう。
欺瞞だとわかっていて、ロックオンはそう思い、自分で自分を納得させた。
「だが、ここにはもういられない」
暫くの後、そう言ったロックオンに刹那も
「そうだな」とぽつり、と言った。
「トレミーに連絡する、近い内にここを出るよ」
「わかった」
「ごめんな、刹那」
ロックオンは三度謝ると、携帯端末を引っ掴み、部屋を出て行った。
刹那の家を出るのは3日後になった。
あの朝はさすがに気まずかったものの、
その後二人は、表面上は何もなかったように生活を続けた。
出発を明日に控えた日、
ロックオンは家族の墓参りに行くことにした。
愛する家族。
両親と妹が眠る場所。
何度となく訪れたそこに、いつもと同じように花を供えたあと、
人の姿が見えないことを幸いに話し掛けた。
「父さん、母さん、エイミー。俺はどうしたらいい?」
この期に及んで、ロックオンはどうしたらいいか迷っていた。
刹那に拒絶されたことで、諦めがついた筈なのに。
この結果でいいとも思った筈なのに。
このままトレミーに戻ってしまっていいのだろうか。
自分の気持ちに蓋をしたままで。
拒絶されても、何でも自分はまだ、こんなにも刹那が好きなのに。
袋小路の迷宮は出口さえ見えない。
いや見えているのに、そこから出るのが怖いだけだ。
進むこともできす、退くこともできない。
心の中そのもので現実にも立ち尽くしたままのロックオンは、
不意に人の気配を感じた。
いつのまにか花束を抱えた、見知らぬ女性が後に立っていた。
たおやかで物静かな印象だが、美しい女性だった。
女性はロックオンと目が合うと
軽く頭を下げ、控えめに微笑んだ。
つられて頭を下げたロックオンと彼の家族の墓を交互に見やって、
「あなたもこのお墓に?」と訊ねてきた。
「ええ、家族の墓です」
「刹那さんは、今日はいらっしゃらないんですか?」
「刹那を知っているんですか?」
「はい、あの人にはお世話になりましたから」
女性は気恥ずかしそうな表情をしながら言った。
自分が知らない、刹那と縁のある女性。
二人の関係が気になった。
女性は、逆に刹那から、自分のことを聞いてはいないのかと訊ねてきた。
「いえ、なにも…よければ話して下さいませんか」
女性はちらり、とロックオンの背後に目をやった。
視線の先には5年前にはなかった、新しい墓が出来ている。
女性は頷いた後で口を開いた。
<続く>