Days・2
ロックオンが墓地で知り合った女性は、
エスター・ナイトレイと名乗った。
4年前に夫を亡くして以来、
初めは毎日、いまも月に一度は訪れていると言った。
そんな彼女が刹那に会ったのは、ある冬の日。
その日は雪が降っていた。
あの時彼女は、最愛の夫を失ってすぐの頃で、
自分も後を追いたい心境だった。
彼を喪った事実が辛くて悲しくて、
生きていても意味がないとまで思い、彼のもとに行こうと思った。
舞い落ちてくる白が、地面を覆い墓石を縁取って行く中、ただたたずんでいた。
身を切られるように感じていた寒さが和らぎ、何も感じなくなった時、
このままここにいれば願いが叶うと微笑んだ彼女に、刹那が声をかけてきた。
「このままだと風邪をひく」
刹那はそう言って傘を差しだしてきた。
「放っておいて」
その手を振り払ったにも関わらず、刹那はその場から立ち去ろうとしなかった。
寒さと疲労で、彼女が座り込んだ時、再び傘が差し出された。
いままでずっと、自分に付き合ってここに立っていたのだろうか。
信じられない思いで、刹那を見あげた彼女に「行こう」、
そう言って立ち上がらせてくれた。
髪や肩に積もった雪を払い落とし、着ていたコートを羽織らせてくれた。
その温かさを感じた時、頬を熱い涙が伝った。
見ず知らずの人間なのに刹那は優しかった。
だから刹那に自分の気持ちをぶつけてしまった。
泣きわめいた。
恨みや憎しみ、悲しみをぶつけた。
「どうして自分がこんな悲しい思いをしなければならないのか」
怨嗟の叫びだったが、彼は受け止めてくれた。
そして「わかる」と言ってくれた。
「喪失の痛みはよくわかる」と。
愛する人間を、自分も失った。
「愛している」とそう言える初めての相手だったと。
しかも自分は側にいたのに、それを救えなかったと。
その相手がここに眠っていると。
だが自分は生きなければならない。
愛した相手への思いがある限り、共に生き続けているのだと思えるから。
悲しみはいつか必ず終わる。
全ての事には、終わりがあるんだ。
そう思える日がくると思うから、貴方にも生きて欲しいと。
同じ境遇の相手に、気持ちを打ち明け分かち合えたこと。
そしてその言葉で自分は救われたと。
以来墓参りで顔を合わせる度、色々な話をしているという。
刹那のおかげで、前を見ようかという気にもなった。
エスターという女性はそんな話をした後、
彼女の夫の墓に花を添え、祈りを捧げると帰っていった。
ロックオンは愕然とした。
さっきとは違う思いで、またもや立ち尽くす羽目になる。
エスターの話が事実なら、刹那が思う相手とは間違い無く自分である。
刹那も自分と同じ色合いで、自分を思ってくれていた。
(なら、どうして拒んだりした)
あんなに必死になって。
ロックオンは矛盾したその行動を考える。
結論はでなかった。
ロックオンは刹那ではない。
彼に聞かなければどんな理由も単なる推察でしかない。
そして、いま答えが必要なのは刹那の気持ちではなかった。
(お前はどうしたい、ロックオン・ストラトス。
いやニール・ディランディ)
自問しながら、墓を見つめた。
両親と妹。
いつもの日常が一瞬で打ち砕かれたあの事件。
明日なんてわからない、何の確証もないものだ。
あの時自分はそう思って、絶望した。
だから自分が変えると、ソレスタル・ビーイングに入った。
憎悪と絶望は確かにあった。
復讐の意味もあった。
そのために組織に入った。
だが、それだけだったのか、本当に。
ロックオンは家族と過ごした日々を思い出す。
どの思い出も幸せで温かく心を満たすもの。
それが余計に悲しく思えた。
だから世界を変えたいと、願ったのではなかったか。
変わった世界に釈然としないものを持っていたのは、取り残されたからだ。
自分だけ置いていかれたからだ。
自分も変わりたいと思っているのだ。
こんなにも
明日がわからないのは昔も今も同じではないか。
暗い気持ちはまだ確かにある。
それを消すことはできない。
それでも自分は、心休まる日々を過ごせた。
まだ変わっていない自分が、確かに感じる「幸福」という感情。
それが負の感情を押し包んで和らげていったのだ。
それをもたらしてくれたのは一体誰なのか。
エスターがそうだったように、自分を救う言葉をくれたのは。
これから変わっていけばいいのだと言ってくれたのは。
ロックオンは目を閉じた。
次に開いた時、柔らかい翠色の瞳には強い決意が宿っていた。
「刹那、話がある」
家に戻るやいなや、ロックオンはそう切り出した。
「なんだ」
椅子に座って食事の準備のため、じゃがいもの皮を剥いていた刹那は、
ロックオンの唯ならぬ雰囲気に、ナイフを置いて椅子から立ち上がった。
「トレミーには戻らない。
このままここで、刹那の側で暮らす」
ここでお前を思って、俺は生きる。
それは唐突なまでの二度目の告白だった。
「…ロックオン、俺はお前の気持ちには応えられない」
刹那は伏し目がちに言って顔を背けた。
「お前も俺のことが好きなのに、か」
「なに?」
前回と違って、ロックオンは動じないどころか爆弾発言をしてきた。
「エスター・ナイトレイから聞いた。
愛している相手がいると。それは俺のことだろう?」
エスターの名前が、ロックオンの口から出てきたことに刹那は愕然とした。
「お前も俺のことが好きだとわかった。
ならここを出ていく理由がない」
宣言するロックオンに、刹那が苦しげに顔を歪めた。
その顔に、ロックオンの胸も痛む。
彼を苦しめている。
刹那の考えていることが、それでよく分かる。
なぜ自分を拒んだのか、その理由も。
だが取り消すつもりも、退くつもりもなかった。
同じ気持ちだと分かっているからこそ、退くことはできなかった。
「駄目だ、応えられない」
自分自身に言い聞かすように、刹那はもう一度いった。
必死に感情を抑えている、そんな声だった。
「なんでだ」
「駄目なんだ、ロックオン…!」
「だからなんで」
追い詰めなければ、刹那は本当の気持ちは言ってくれない。
隠している事実も。
そう思ったから執拗に詰め寄った。
「……俺の命は、もう、長くないんだ」
刹那は唇を噛みしめた後、搾り出すような声を出した。
沈黙するロックオンを、
事実の重さを受け止めかねていると想ったのか、刹那はそのまま話を続けた。
ロックオンがカプセル治療をしている間に、
肩に負った疑似GN粒子による銃創が、刹那の体を蝕んでいた。
度重なる戦闘の連続が、それに気が付くのを遅らせた。
気が付いた時には、体幹の主要な臓器にまで細胞毒性は侵食していて、
手の施しようがなかった。
できることは進行を遅らせることと、苦痛を少なくすること。
イアン達がなんとか対処法はないかと手を尽くしてくれたが、
それにも限度があった。
2年以上、よくもったものだと思う。
だがそのおかげで、変わる世界の片鱗を見ることができた。
こうしてまたロックオンに会うこともできた。
無理しているわけではなく、
それを受け入れた諦めにも似た刹那の微笑みが、胸をうつ。
手を離そうとしていることが憎らしく思える。
そんなロックオンの心中など、刹那が気付くはずもない。
「だから、俺のことは諦めてくれ」
始まってもすぐに終わってしまう関係だ。
遠くない未来に、ロックオンを悲しませるだけだ。
刹那はそう結論づけた。
血を吐くような思いで告白した事実。
だがロックオンはなぜか、それに笑った。
「それがお前の切り札ってわけか」
「ロックオン…?」
カードで言えば、スペードのエース。
最強のカードである。
それを出せば、自分が諦めると、刹那はそう思っているらしい。
まっているのは幸せな未来ではないから。
いずれ悲しむことになるから。
そして自分を悲しませたくないから。
きっとそんな考えだ。
なんて愚かで、憎らしくて、哀しい。
そして愛おしい思いだろうか。
「生憎だったな、刹那」
俺にはジョーカーがある。
今すぐに抱きしめてしまいたい気持ちを押し殺して、
ロックオンはゆっくりと刹那に近づいていく。
「お前の体のこと、俺は知ってた」
刹那の目が限界まで見開かれた。
1ヶ月前に、リビングで細胞障害を抑制する薬を拾った。
それが自分のものではないことに気が付いたロックオンは、
スメラギと連絡を取り、刹那の状態を無理矢理聞き出した。
「ここ最近、俺の様子がおかしかっただろう、それはそのせいさ」
悩んだし、苦しかった。
それは確かだ。
お前が俺を好きじゃないなら諦めたほうがいい、とも思った。
「だが、それでも好きなんだ」
この気持ちをなくすことはできない。
それで諦められる思いじゃないんだよ。
「ロックオン…」
「未来なんてわからないじゃないか」
明日のことだってわからない。
刹那より先に、また自分が逝くかもしれない、
事故や怪我で、明日はここにいないかもしれない。
だからこそ今、この手を離すのは嫌だ。
「お前が苦しむ。お前を苦しませるのは嫌だ」
「そんなこと聞いてない」
ロックオンは刹那を追い詰めるように、さらに近づいていった。
「『俺が』なんて聞いてない、
聞きたいのは刹那、お前の気持ちだ…!」
頑なに首を振る刹那に、ロックオンはなおも問いかける。
「残された俺が悲しむとか苦しむとかじゃない。
刹那、お前はどうしたいんだ。正直に言え、全部隠さずに」
それは懇願でもあった。
口調こそ穏やかだが、
そこには偽りも誤魔化しも一切許さない雰囲気があった。
手を伸ばせば届きそうな距離まできて、ロックオンの足が止まった。
さあ、と促すように刹那に手を差し伸べる。
初めて会った時からそうだった。
14才のマイスターを見下さなかった、
仲間として手を差し出してくれた。
活動を開始した後も、命令を無視して先行する自分を見限らなかった。
家族を奪った組織にいた自分を許してくれた。
そしていま、この時も。
「…好きだ」
刹那がとうとう陥落した。
好きだ、ずっと。
5年前から、お前だけを想っていた。
好きだと言われて嬉しかった。
だが手を取ることは怖かった。
その手を取れば失いたくなくなる。
命が終わることは、納得した筈なのに。
生きていたくなる。
もっと、と望んでしまう。
お前がどんな気持ちで残されるのか、自分は知っているのに。
自分も散々味わった感情なのに、それでも。
「好きなんだ」
側にいて欲しい、自分を見て自分を思って欲しい。
なのに、悲しませたくもないし、苦しませたくもない。
そうも思ってしまうんだ。
「どうしたらいいのかわからない、いまも」
ロックオンはようやく刹那の本音が聞けたと、安心した。
差し伸べた腕を更にのばして、刹那の体を自分の胸に抱き寄せた。
「一人で苦しむことなんかないだろ?」
温かく力強い抱擁と共に囁かれる言葉に、刹那の顔は更に歪んだ。
「刹那、もう一度聞く。俺のこと好きか?」
「…好きだ…」
「…ならそれでいい、それだけでいいんだ刹那」
その気持ちだけで。
ロックオンは刹那の頬を包むようにして、顔を上げさせた。
刹那が見あげると、ロックオンは笑っていた。
地上に来てから初めて見る、満面の笑みと言えるものだった。
「大丈夫だ、刹那。俺は生きるから。
お前が先に逝ってしまっても、俺がいない間、お前が生きていたように、
辛くても悲しくても、苦しくても」
生きるから。
「ロックオン…!」
優しい、優しい声で言われて、抱きしめられた。
刹那は目を閉じる。
「思いがある限り、一緒に生きていける。
お前はエスターにそう言ったんだろ」
だから、大丈夫だ。
全てを受け入れる。
ロックオンはそう言っているのだ。
あやすように背中を撫でられながら、刹那の頬を涙が伝っていった。
その夜2人は体を重ねた。
ロックオンにとっては意外なことだが、刹那は初めてではなかった。
他の男を刹那が知っていることが少し悔しかった。
できれば自分が刹那の初めての男になりたかった。
「刹那、どんな奴がお前の相手だったんだ?」
刹那の中に、己を解放したあと、
楔を埋め込んだまま、ロックオンが訊ねた。
「なんで、そんなことを聞く…」
情交の名残も深く、胸を上下させ刹那は荒い息をさせながら言った。
「いいから、教えてくれよ」
汗ばんだ肌を手の平で撫であげ、
貼り付いた髪を整え顔の輪郭を露わにしながら、ロックオンが強請る。
開かれた脚の間には、力を失ったロックオン自身が埋め込まれたままだ。
その肉の感触を感じながら、刹那は手を伸ばしてきた。
「最初の男は、栗色の髪をしていた」
刹那はそう言って、ロックオンの髪を引っ張った。
微かな痛みで、ロックオンが顔を顰める。
「次の男は、緑色の瞳だった」
長い指がロックオンの目元を愛しげになぞる。
「刹那…」
楽しそうに話す刹那は、どこか蠱惑的で、
ロックオンは体の下の刹那に、視線が釘付けになる。
「声が似ている奴もいた」
刹那は目を閉じて笑う。
「それって、まさか…」
「みんなお前の代わりだ、俺はそう思って抱かれていた」
目を開けた刹那がロックオンの体を引き寄せる。
間近で囁いたあと、自分から唇を重ねてきた。
ロックオンは目を見開いたが、
すぐに笑って口づけを深いものに変える。
舌を絡ませ合い、飲み込めなかった唾液が、
互いの口から零れ落ちる頃、ようやく唇を離した。
「全く、それ以外にも何人と寝てきたんだか」
煽るようなことを言って喜ばせるんだから、
とんだ手練手管身につけやがって。
「…っあ」
ロックオンは呆れたように言うと、
快感で尖ったままの刹那の乳首を摘んで、指で擦る。
「幻滅したか…」
潤んだ瞳の中に不安げな光を見てとって、
ロックオンは安心させるように頬に唇を滑らせた。
「まさか」と即答して耳朶を甘噛みする。
「だがこういうことをするのは、この後は俺だけだ」
言い聞かせるように低く告げた。
「ロックオン」
「ニールだ、刹那…」
黒髪をかき分け、なおも耳に囁く。
「俺はお前が好きなだけの、ただの男だよ」
「…ニール…っ」
刹那の中で力を取り戻したロックオンが、刹那の細い腰を掴んだ。
開いた脚をさらに開かせるように、突き上げる。
刹那自身も再び力を取り戻し、勃ちあがり始めた。
無意識にそれを愛撫しようと、刹那が伸ばした手をロックオンが掴んだ。
「だめだ、刹那…」
全部俺がやる。
刹那の手をシーツに縫い付けて、腰を押し付けた。
「あっ…ん」
刹那が喉を反らす。
縋りつく先が見つからず、刹那はロックオンの指に己の指を絡ませた。
ロックオンがそのまま抜き挿しをくり返せば、
繋がりあったところから、すぐに濡れた音が上がる。
張り詰めてそそり立った刹那自身の先端を、自らの腹で擦った。
咥えこんだ下の口。
ぐちゅぐちゅと、卑猥な音を立てるその部分が熱い。
互いの下肢が、濡れていく。
溶けてしまうのではないか。
そんな錯覚に囚われるほど気持ちいい。
「は、あっ…んっ…んっ…!」
ロックオンの腰の動きに、背中とシーツが擦れあう。
それすら刺激になった。
背を反らし仰きながら、刹那は彼がもたらす快感に浸った。
もっと深く繋がりあいたい。
「う…んっ…んんっ…!」
想いが通じあったいま、これ以上ないくらい一つに。
自由にされた手でシーツを掴んでいた刹那は、
ロックオンの背中に腕を回した。
汗に濡れる硬い筋肉の背中に、指を食い込ませて快感を伝えた。
そしてロックオンの律動に合わせて、自らも腰をくねらせる。
足を絡めてその体に縋りついた。
「っ…刹那…っ」
隙間なく重なった体で、挿入の角度が変わった。
刹那の中の感じる部分を突いたのか、いままでとは違う嬌声が、部屋に響く。
蠢く粘膜が痙攣を起こしたように収縮し、自分の砲身を締め付けてきた。
刹那がもたらす快感の波をやりすごしながら、
ロックオンはさらに深く抉るように責めぬく。
二つの体の間で苦しげに立ち上がったままの刹那自身も、揉み扱いてやる。
「ああっ!ニールっ…!あ…っ」
刹那はたまらなくなって首をふった。
「好きだ、刹那」
浮かされたように言って、狂ったように腰を動かす。
「俺、もっ…ニール…っ」
歓喜にむせび泣きながら、刹那も応えてきた。
熱い体、痺れるような快感、荒い息と、自らのあげる嬌声。
全て自分がいま、生きてここいる証拠。
なにより彼の肉体を、自分の中で感じていることが。
刹那が願いながら、決して得ることはできないと思っていたその行為。
誰よりも彼を身近に感じられることに、
泣きたくなるほどの安堵を感じながら、
刹那は愛しい相手との行為に身を任せていった。
その後も二人の生活は変わらなかった。
ロックオンが地上に降りた時と同じように、家事を分担し、
他愛ない話をしながら、時間と場所を共有して日々を過ごす。
変わったことと言えば、
その合間にソレスタル・ビーイングとして活動をすることになったこと。
2つの部屋の壁を取っ払い、
寝心地のいいキングサイズのベッドを買って、一緒に眠ること。
そして肌を重ねあう時間を過ごすこと。
「愛している」と告げ合うこと。
そして刹那が、自分をニールと呼ぶようになったこと。
アイルランドに降り立った時は初夏。
エメラルドの島と言われるこの故郷の、
景色が美しい時期だった。
それから半年が経ち、
低く垂れこめた灰色の空が毎日の景色になる冬を迎えた。
「刹那、そろそろ中に入ったらどうだ?」
寒さに首を竦めながら、ロックオンが部屋から出てきた。
テラスに出て、降り積もる雪を眺めていた刹那が、その声に振り返った。
「雪なんか見て、楽しいか」
背中から刹那を抱きしめ、ロックオンが耳に囁く。
「綺麗だ。俺の生まれた国では見た事もない現象だ」
目の前に広がるのは、なだらかな起伏のある丘という、
ここでは何の変哲もない景色だ。
だが刹那は飽くことなく、それを見つめていた。
「寒いの、苦手なくせに」
「そうでもない。ニールのくれたこれはとても暖かい」
刹那はそう言って、着ていたセーターを摘んだ。
フィッシャーマンセーターと呼ばれるそれは生成りの羊毛で模様を編み込んだ、
アイルランドが発祥の服で、ざっくりした編み方に見えるが、
太い羊毛で様々な編み方を凝らしているせいか、見かけより遙かに暖かい。
ロックオンもおそろいで同じものを着ていた。
「限度があるだろ、風邪ひくぞ」
手だってこんなに冷えてる。
ロックオンは刹那の手を自分の手で包み込む。
「なら、お前が温めてくれるか?」
「もちろん」
悪戯っぽく言った刹那の誘いに、気が付かないロックオンではない。
抱きしめたまま、刹那の顎をとり口づけた。
「すぐに熱くさせてやる…」
そう言って刹那を家の中に引っ張っていった。
その後でやることは一つである。
いつものように、キングサイズのベッドの上で、
互いの体を愛し合う行為に浸る。
二人はその日、食事以外をほぼベッドの中で過ごした。
ここまでするのは、最近は珍しいことだった。
互いに落ち着いたせいもある。
だがSEXは想像以上に身体に負担をかける。
刹那の体を慮って、あまり無茶はしないようにしているロックオンだが、
刹那から求めてきた時は別だ。
彼の気の済むまでそれに付き合う。
今日はそんな日だった。
刹那の体調は自分が来た頃と変わらない。
悪くなってはいないが、良くなることはない。
そんな状態だった。
だが前より少し細くなったかもしれない。
それに艶やかだった肌から輝きがなくなり始めていた。
毎日のように肌を重ねるロックオンだから分かる微妙な変化。
細胞障害はある時、一気に進行する。
そういう経過を辿る。
その日は近い。
自分の体だ、刹那にもわかっているだろう。
だから今日は、あんなにも激しく求めてきたのかもしれない。
ロックオンは自らの胸にすり寄るように眠る刹那の裸の体を、
愛しげに撫でながら、そのこめかみに唇を寄せる。
時間は確実に過ぎていく。
元に戻ることはない。
だが自分達は決めたのだ、それでも共に生きると。
ロックオンはベッドの横のサイドテーブルの引き出しを開け、
中から箱を取りだした。
安らかな寝息を立てる刹那と、箱を交互に見比べたあと、
元通りに箱をしまって自分も目を閉じた。
翌日はこの時期には珍しいくらい、晴れ渡った空になった。
前日の雪が眩しいくらいに陽光を反射していた。
ロックオンは刹那に、一緒に墓参りに行かないかと誘ってきた。
一緒に暮らし始めて半年になるが、ロックオンと行ったことはなかった。
刹那は頷くと、いつもの店で花を買い、ロックオンの運転する車に乗った。
二人はいつも自分達がするように、
花を供え、墓石に積もった雪を払い、そこで祈りを捧げた。
瞑目のあとで、ロックオンは刹那に向き直った。
「なあ刹那、ここで誓わないか」
「何を」
「二人でずっと、一緒にいる約束」
刹那が目を瞠る。
「今日はその為にここに来たんだ」
大事な家族に、刹那のことを報告するために。
ついでに渡したいものがある。
ロックオンは、ポケットから指輪も取りだした。
「ロックオン、それは…」
「受け取ってくれないか、刹那」
これは俺の気持ちでもあるんだ。
「…いいのか」
「当たり前だろ」
刹那はロックオンの柔らかい翠色の瞳を見つめたあと、
その言葉を噛みしめるように頷いた。
承諾してくれた刹那にロックオンは本当に嬉しそうに笑った。
「父さん、母さん、エイミー。
何回も会ってると思うけど、改めて紹介するよ。
彼は刹那・F・セイエイ」
何より愛しい俺の伴侶だ。
刹那は墓の前に立つと、深く頭を下げた。
その後で二人は互いの指に指輪を嵌め、
笑い合いながら間近にその顔を見つめあい、宣誓して口づけた。
そしてディランディ家の墓の前を離れていく。
「ニール」
「ん?」
立ち止まって刹那が話しかけた。
上機嫌で鼻歌を歌いながら空を見あげていたロックオンが、振り向く。
「ニール、俺はいま…幸せだ」
「気が合うな、刹那。俺もだ」
二人はくすり、と笑いあい、
どちらともなく手を伸ばして握りあった。
いつでも、どんな時でも。
喜びも悲しみも共に分かち合い、側にいよう。
此を愛して、愛し抜いて生きて行こう。
家族の墓の前で誓った言葉を、二人はもう一度胸に抱きしめる。
そう、たとえ死がいつか二人を、別つとも――――――――――。
<終わり>
芋子さま。
大変長らくお待たせして申し訳ございません。
「Days」進呈させていただきます。
If設定・シリアス・余命短い刹那にロックオンが恋をする・エロ有り。
リクエストされたこれらは何とか満たせたお話ではないかと。
ただ一つ、ごめんなさいと平身低頭。
泣けるお話というのは無理でした。
なぜなら泣けるお話というのは、読まれる方々によって一人一人違うものだからです。
「幸福の形は似通っていても不幸の形は様々である」
昔の人も言っておりますので。
例えになりますが、映画を観ても泣き所は様々なのと同じです。
散々お待たせした期待に応えられているかは盛大に??マークが付きますが、
「Days」の二人の、気持ちと思いはお届けしたい。
そう思って書きました。
少しでも受け取っていただければ、嬉しい限りです。
リクエストをいただき、ありがとうございました。