Change

 

一刻も早くメディカルクルーを補充しないとな。

薬の調剤をしながら、
イアンはもう何度か思っていることを、再び思考の俎上にのせた。

ソレスタル・ビーイングの医師であったモレノを、
「フォーリン・エンジェルズ」で喪ってもう5年近くが経つ。

活動を再開した自分達だが、彼の役割を担うメンバーは補充されていない。

現在のところ機械メンテナンスを行う自分が、
過去にモレノの残していた、各クルーの身体データを元に、
慣れない分野で作業を行っている。

しかしそれにも限界があるのだ。

今日もその類で、イアンは刹那の飲む薬を調合していた。

マイスター達は基本的には体力もあり、強靱なのだが、
いかんせん人間であるから、体調が悪くなる時もある。

刹那は3日ほど前から、発熱していた。
カプセルに入ればすぐに治るのだが、
彼はそれを嫌がり、薬で対処しようとしていた。

刹那がカプセルに入らない理由は、
ロックオンに知られたくないからだろう、とイアンは思う。

あの二人は互いを大事にし過ぎて、自分のことを後回しにする傾向にあるからだ。

(一度言ってやらにゃいかんな)

イアンはそう思いながら、薬の調合を終えた。
幸いにして、刹那の熱は昨日には下がった。
今日は念のために、と処方している。

(いつもながら、刹那の薬の調合は骨が折れる)

刹那は体質的に特殊なのか、受け付けない薬の成分が多い。
モレノもその点ではいつも苦労していた。

イアンがいま、何とか対処できているのは、モレノのおかげである。
彼がデータを残してくれていたからだ。

優秀だったからな、お前は。

イアンは、もうこの世にはいない昔からの友人に語りかける。

彼の遺したデータチップ、その他の入った黒いケースをテーブルの上にあげ、
懐かしむように表面を撫でた。

ケースを開けると、
いくつかのデータチップとモレノの私物が、混然と詰められていた。

(そろそろ、処分しなきゃいかんのだろうが)

中から一つ一つ、それらを取り出しながら、
未だその気になれないことにイアンは苦笑した。

「…?」

ケースの奥に、半透明の小さなピルケースがあることに気がついた。
イアンがそれを取り出し、照明の下にかざす。
振ると、カラカラと音がした。

何かの薬剤らしい。

イアンはピルケースを開け、
中に入っていた3粒のカプセルの内、一粒を取り出した。

「何だ?こりゃ」

なんらかの薬だろうが、見ただけではさっぱりわからない。
イアンは首を振ると、刹那の薬の調剤が終わったテーブルの上にそれを置いた。

そこに、格納庫からの通信が入った。
イアンの代わりに調整をしていたラッセからだった。
ラッセがケルディムの調整がどうしても規定値にならないと言ってきたため、
イアンは一度格納庫に向かうことにした。

刹那が来るまでには戻ってこられる、との見通しの上だったが、
これが大きな誤算だったのである。

 

イアンが戻ってきた時、メディカルルームにはすでに刹那がいた。

「刹那、早かったな。もう来とったのか」

刹那は頷くと言った。

「調剤のテーブルの上に、薬があったから飲んだが・・・それでいいか」

「ああ」

イアンは頷くと、刹那の顔を観察する。

「どうした」

「いや、もう大丈夫そうだと思ってな」

「あんたの腕がいいからだ」

「礼を言うならモレノにだな。
 儂はあいつのデータを使っただけだ」

イアンが照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

「そうだな」

刹那は頷くと、メディカルルームを出て行こうとする。

「今日はもう休むのか」

「…どうかな。ロックオンに呼ばれている」

刹那の言葉にイアンが顔を顰めた。

「刹那。言っとくがお前さん、病み上がりなんだぞ…自重しろよ」

無理な話だろうと思いつつも、
イアンは一応釘を刺しておいた。

「それは、ロックオンに言ってくれ」

刹那が困ったように言った。

「お前さんも、自重する気はない訳か」

刹那はそれには答えず、助かったイアン、
とだけ言うとメディカルルームを出て行った。

刹那もどんどん、ロックオンに毒されとる。
イアンはやれやれ、と首を振った。

調剤のテーブルの上を片付けながら、あることに気がついた。

モレノの私物のピルケースにあったカプセルの一粒が消えていた。

3つあったケース内のカプセルは二つに減っている。
先程の自分の行動を思い起こして、イアンは青ざめた。
一つ剥き出しで、テーブルの上に置いていたのだ。

(まさか、刹那が飲んじまったのか?)

まあ、モレノの薬だ、変なものじゃないだろうが。
イアンは肩をすくめ、そのことについては深く考えず、片付けを続けた。

 

翌日の起床時刻少し前、ロックオンは刹那の部屋で目を開けた。

シーツの下は裸の体。
腕の中で刹那の体を、背中から抱いて眠っていたロックオンは、
目覚める気配のない黒髪に優しくキスを落とす。

当然のように刹那も裸だった。
刹那の腹部に回していた手を、ゆっくりと撫でるように上げていく。
愛しい肌の感触を確かめるように。
だがその手が、胸の辺りで唐突に止まった。

これはなんだ?

ロックオンの手に、柔らかな膨らみが当たった。
確かめるように膨らみをそっと掴む。
この感触、間違いなく女の胸だ。

背中を向けて顔は見えないが、
いま自分が抱いているのは、間違いなく刹那の筈である。
昨日の晩、5日ぶりにこのベッドで愛し合い、ともに眠ったのだ。

どういうことだ?

混乱して、固まったままのロックオンの腕の中で、刹那が身じろぐ。

「・・・ん・・・」

刹那が目を開けた。
何度か瞬きを繰り返すと、体を起こし、ロックオンに向き直る。

「起きていたのか…」

横向きだったロックオンの体が、力なく仰向けに倒れた。
その体に乗り上がった刹那が、
肘で上体を浮かせた姿勢で、ロックオンを見つめてくる。

いつもよりトーンの高い声。
丸くなった肩、細い首。
小柄に、そして華奢になった体。

ロックオンの目の前に、形のよい丸みを帯びた二つの膨らみが晒された。
胸に押し当てられる柔らかな感触。

ロックオンの目が、見開かれたまま固まった。

「どうした?」

氷漬けになったように、自分を凝視したまま動かないロックオンを、
刹那が怪訝そうに見つめる。

「お、おまっ・・・」

口ごもるロックオン。

刹那はロックオンが何に狼狽しているかが分からず、首を捻った。

自分の体の変化に全く気がついていないようだった。

「お前・・・なんだ、その体――――――っ!?

ロックオンの驚愕の叫びが響き渡った。

 

「・・・刹那・・・だよね?」

「・・・だからそうだって言ってんだろ」

もう何度目になるか分からない確認をするアレルヤに、
ロックオンが額を手で押さえたまま、うんざりした口調で言った。

対する刹那は淡々と頷く。
いつもと全く変わらない態度だった。

起床時刻早々、
トレミークルーは緊急招集でブリーフィングルームに集まっていた。

招集をかけたのは、ロックオンである。

何ごとか、と集まったクルーではあるが、そこにいた刹那の姿にみな驚愕し、
すぐに招集の意味を理解した。

「どういうことなの?ロックオン」

目の前に立つ刹那の変化に、さすがの戦術予報士も驚きは隠せないようだった。

「・・・俺が聞きたいくらいだ、ミス・スメラギ」

だからみんなを呼んだんだ、とロックオンは言った。

「目が覚めたら、こうなっていた」

刹那はそう言って、着ていた白いシャツごと両袖を上げた。

声のトーンは幾分高いが、顔は間違いなく刹那である。
違うのは、いつもより小柄になった体、
ゆったりした白いシャツで目だたないが、
丸みを帯びた体と、膨らんだ胸。

女性になった刹那・F・セイエイの姿がそこにあった。

「なにか、心当たりは無いのか?ロックオン」

ティエリアが真剣に訊ねる。

「あるわけないだろ。なんで俺に聞くんだ」

どいつもこいつも。
ロックオンが憤慨して言った。

「それについては、心当たりがある」

今まで黙っていたイアンが、前に出てきて説明する。
昨日の晩、刹那に調合した薬の中に、
モレノの私物のピルケース内にあったカプセルが紛れ込んでしまったのだろうと、
イアンは言った。

「そのカプセルの成分は?」

「分析中だ。だが分かったところで、どう対処する?」

ここには専門家がいない、とイアンは言った。

スメラギは、少し考えた後で、
ブリーフィングルームにいたクルー全員に言った。

「刹那の体の変化について対処するわ。
 これよりトレミーはラグランジュに向かいます。
 そこのメディカルスタッフにこの事態の対応を委ねましょう」

スメラギの決定により、トレミーはラグランジュへと進路を向けた。

 

「刹那、ちょっと来てもらえる?」

緊急ミーティングが終わった後、
いつものブリーフィングを2時間後に行う事にして、
クルーはとりあえず一度解散した。

スメラギはその後、刹那を自分の部屋に連れて来ると、その体にあった制服を渡した。
サイズを確認するから、とその場で着替えさせながら、
スメラギは服を脱いだ刹那に下着を差しだした。

「スメラギ・李・ノリエガ。これはなんだ?」

「ブラとショーツよ。女が身につけるアンダーウェア」

「アンダーウェアなら、持っている。それでいい」

「なに言ってるのよ」

スメラギは腰に手を当てた。

「男ものの下着なんて履かないで頂戴。あれは前が空いてるのよ」

それにブラをつけないと、乳首の形が分かってしまうわ。
スポーツタイプのブラだから、そんなに抵抗はないと思うのよ。

あれこれ話してくるスメラギの内容は、刹那には異次元の会話のようだった。
まるで訳がわからない。
だが、勢いに促されるまま、
刹那はスメラギの言う、ブラとショーツを身につけ、制服を着た。

スメラギの見立ては正しく、制服はぴたり、と刹那に合った。

「どう?刹那」

「どうと言われても・・・落ち着かない」

下のアンダーウェアが小さ過ぎるんじゃないのか、と刹那は言った。

「タンガタイプはこれでいいの。パンツに下着の線も出ないし」

満足して頷くスメラギは、何枚か使っていないものをあげるから、
ちゃんと身につけるように、と言った。

「しかし、スメラギ・李・ノリエガ。これは機能的じゃない」

「何言ってるの。これでいいの」

スメラギの勢いに、刹那はそれ以上なにも言えず、頷くしかなかった。
ロックオンも喜ぶと思うわよ。
部屋を出しなに掛けられた言葉に、刹那は更に首を傾げた。

 

スメラギの部屋を出た刹那は、何となく落ち着かない気分のまま、時を過ごした。
2時間後、ブリーフィング開始の少し前に部屋に行くと、
すでにイアンとティエリアがいた。

ティエリアは刹那の姿を見ると、慌てたように視線を逸らした。

「おー、着替えたか刹那」

イアンが笑って、背中を叩いた。
制服の刹那の姿を上から下まで眺めて、にやりとする。

「いいぞ、刹那。実にいい」

顎に手を当てうんうん、と頷くイアン。

ティエリアもそう思わんか、と水を向けるが、
ティエリアはちらり、と刹那を一瞥しただけで、
慌てたように「答えられない」とそっぽを向いた。

刹那はイアンが何に喜んでいるかわからず、困惑した。

そこへドアの開閉音がして、アレルヤが入ってきた。

「よー、あんた女になっちまったんだって?」

イアンとティエリアが、ぎょっとする。

いつものアレルヤとは180度違う声音。
アレルヤの中の別人格、ハレルヤが表に出てきていた。

「刹那・F・セイエイ。Fは『Female』のFってことか」

「・・・いや、『From』のFだ」

まともに答えるな。
ティエリアが声に出さず、刹那に突っ込みを入れた。

ハレルヤは表情を変えないまま、自分を見つめる刹那に近づくと、
無遠慮なまでにその体をじろじろと眺めて言った。

「丁度いい大きさの胸だな、あんた。
 男の手にしっくりきそうだ。あのデカ乳の女もいいが、あんたも捨てがたい」

「なっ・・・!」

なぜかティエリアが、真っ赤になった。
当の刹那の表情は全く変わらない。

なんつー、あからさまな言い方だ。
イアンは額を押さえた。

(ハレルヤ、なんてこと言うんだい)

(堅えこと言うなよ、アレルヤ。お前だってちっとは思ったろ)

(思わないよ!僕にはマリーがいる・・・!)

ハレルヤは心の中で、アレルヤと応酬しつつ、再び刹那に言った。

「ちょっと触らせてくれよ」

「おい、ハレルヤ。いくらなんでもやり過ぎだぞ」

額を押さえつつ、割って入ったイアンの声に、別の声が重なった。

「・・・その通り。何を触りたいって?」

地の底から響くようなロックオンの低い声に、
刹那以外のメンバーが体を強張らせた。

(マズいな。アレルヤ、あとは任せた)

(ちょっと!ハレルヤ)

ハレルヤから体を返されたアレルヤが、おそるおそる後を振り返る。

いつの間に入ってきたのか、ロックオンがドアの横の壁にもたれ、
腕を組んでこちらを見ていた。

猛禽類を思わせる鋭い瞳が、アレルヤを射貫く。

「・・・ロックオン。お前さんいつからいた?」

イアンがこわごわと確認する。

「そうだな、『丁度いい大きさの胸』あたりか」

どういうことか、説明してもらおう。
ロックオンが壁から体を離すと、笑いながら近づいてくる。

笑顔が怖いぞ、お前。

固まったまま動けないアレルヤを見ながら、イアンは天を仰いだ。

 

3日がたった。

ラグランジュへとむかうトレミーの中で、
刹那はいつもと変わらず行動をしている。

自分の体に起こった変化を、刹那は思ったより冷静に受け止めていた。
起こってしまったことは仕方無い、ということらしい。
マリーやスメラギら、女性クルーから、生活一般についての助言を受けながら、
淡々と毎日を過ごしていた。

 

「お疲れさん、刹那」

イアンが声をかける。

格納庫で機体の調整を終えて、ダブルオーから出てきた刹那を、
アレルヤとイアンが出迎える。

「イアン、調整は何とかなりそうか」

「ばっちりだ。これで今のお前さん仕様に、ダブルオーを調整する」

イアンが親指を立てて、刹那に目配せをした。
しかしこの声、慣れないな、とイアンは思った。

刹那は頷くと、ヘルメットを脱いだ。
脱いだ拍子に乱れた、癖のある黒髪を整えるように頭を一つ振る。
密閉されたヘルメットからの解放感を味わうように、
軽く喉を反らし、安堵したような吐息を零して目を伏せた。

伏せた目を上げると、なぜか呆けたように自分を見つめる二人がいた。

「どうした・・・?」

「あ、いや。なんでもないよ」

アレルヤが慌てたように首を振った。
イアンはごほん、とわざとらしく咳払いすると、刹那に向かっていった。

「調整は終わったぞ、着替えてこい刹那。
 スーツのままじゃ窮屈だろう」

「微調整はいいのか」

「そんなのは、そのスーツでなくたっていい。
 早いとこ着替えてこい」

なぜか、巻くし立てる勢いのイアンにアレルヤも同意して頷く。
刹那は二人の態度に釈然としないものを感じつつ、
分かった、といって二人から離れていく。

体に密着するパイロットスーツの性質上、
刹那の体の線が制服よりもはっきりと出ていた。

前からしなやかな体をしていたが、
女になった刹那の体は、それが一層際だっている。

すらりとした手足。くびれた腰、小さく形のよい尻。
優美な曲線を描く体の線と、まろやかに膨らんだ胸。

そして無意識であろう、艶やかな仕草。

「・・・マズイですよね、あれは」

何が、とは言わずにアレルヤは、刹那が消えた出入り口を見つめたまま呟く。

「儂もそう思う」

パイロットスーツは体の線が出すぎるからな。
あいつがあんなにスタイルがいいとは、思わなかったよ。
アレルヤの懸念をよそに、イアンが的外れな発言をした。

「セクハラですよ、それ」

アレルヤが呆れたようにイアンを見やった。

「ハレルヤの時の、お前さんほどじゃない」

「・・・それは言わないで下さい」

アレルヤが本気で消沈した。

3日前の刹那に対するハレルヤの発言。
当の本人は言いたいことだけを言って、中に引っ込んでしまった。
アレルヤはその後、ロックオンへの対応にえらく苦労をさせられた。

幸い、自分にはマリーがいるので、なんとか分かってもらえたが、
そうじゃなかったらどうなっていたか、考えるだに怖ろしい。
だがロックオンが気を揉む理由も、男としては実によくわかった。

「早く、元に戻るといいですね。
 ロックオンも気が気じゃないでしょうし」

「・・・そうだな」

二人は、深いため息を吐いた。

 

制服に着替えた刹那は、先程のデータチップを元にサブ調整室で、
微調整後の最終確認を行っていた。

イアンとともに行おうとしたが、彼は生憎ほかの機体の調整に入ってしまい、
刹那は一人で黙々とディスプレイに向かい、端末を打ち込んでいた。

「刹那、一人でやってるのか?お前」

サブ調整室に入ってきたラッセが、声をかける。
刹那は作業を中断すると、背後を振り返った。

「ラッセ、丁度いいところに来てくれた。これを見てくれ」

「最終確認か、いいぜ」

ラッセは頷くと、刹那が座っていた席を替わった。
どれどれ、と言いながら端末を打ち込む。

刹那が間近でラッセの作業を見つめる。
真剣な表情のその顔を、視界の隅で観察する。

(へえ、こんなに睫毛が長かったんだ)

ガーネットブラウンの瞳を、長い睫毛がくるりとカールして縁取っている。
男の時は気がつかなかったな、とラッセは思った。

その睫毛の影が瞳に陰影を落とし、憂いを帯びた印象を与えている。
そう言えば、唇も濡れたように艶やかで、赤みを増しているように思えた。

「どうだ、ラッセ。うまくいきそうか」

男の時よりトーンの高い、だが涼やかで耳に心地良い声が、
微かに吐く息とともにラッセの耳をくすぐった。

その感触にラッセはドキリとした。

(やばくないか?おれ・・・)

だが、すぐに頭を振って、作業に集中する。
やがて最終確認の画面が開いた。
システムが、今回の調整値入力はこれでいいか、と訊ねてくる。

ラッセは画面を見たまま、背後の刹那に言った。

「刹那。この設定でいいか?」

問題ないなら、このままいくぞ。
ラッセの確認に、刹那は少し待ってくれ、
と顎に手を当てて腕を組んだ。

ややあって、刹那の腕が、ラッセの肩越しに延び、
ディスプレイの一点を指差した。

「ここの値を、+3ほど補正してくれ。それでいい」

ラッセの背中に、刹那の胸が押し当てられた。
薄く機能性のある生地で作られた制服は、
その感触をはっきりとラッセに伝えてくる。

(嘘だろ・・・!?

ラッセの手が止まり、体が固まった。

「どうかしたのか、ラッセ」

突然動きを止めてしまったラッセの顔を、背後から除き込む。

(どうかしたも何も、お前の胸が当たってるんだよ!)

ラッセが心の中で叫ぶ。

気遣うような色を湛えた、ガーネットブラウンの瞳と、
間近に視線を合わせてしまう。
ラッセの心臓が跳ねた。

(こいつ、こんなに綺麗な顔してたんだ・・・)

唐突に頭に浮かんだ思い。
ラッセは呆けたように刹那の顔を見つめ、急に我に返った。

「せっ、刹那っ・・・!」

狼狽したラッセは、弾かれたように椅子から立ち上がり、
刹那から体を離して向き直る。

「・・・ラッセ・・・?」

自分の行動の意味が、分からないのだろう。
首を傾げた刹那が、ラッセの顔を見て更に訊ねてきた。

「ラッセ、顔が赤いぞ。体調が悪いのか」

刹那が額に手を当てようとしたのか、細い腕を伸ばしてくる。
ラッセは慌ててその手首を掴むと、動きを押し止めた。
その細さと、滑らかな皮膚の感触に、更に狼狽えた。

「だ、大丈夫だ」

頼むから、触らないでくれ。
ラッセは、何とか平静を保とうと、刹那の腕を離して、大きく息をついた。

「あー、刹那。ちょっと用を思い出した。少し外すぜ」

ラッセはそれだけ言うと、
呆気にとられている刹那を尻目に、サブ調整室を逃げ出した。

(これ以上、あそこに居たら、おかしな気分になりそうだ)

ラッセは首を振って、手の空いている女性クルーを捜しに向かった。

 

「助けてくれ、おやっさん」

格納庫の隅で作業していたイアンに、
ロックオンが泣きつくように声を掛けてきた。

刹那が女性になって一週間が経っていた。

「助けるって何をだ」

「決まってんだろ、刹那の事だよ」

イアンは、ああ、と頷いて作業を中断した。

「一応確認しとくがな、どっちの意味でだ?」

「どっちも何もねえよ。あらゆる意味で身がもたねえ」

珍しく、本気で憔悴しているロックオンに、
イアンは少し意外な印象を持った。

「お前さんのことだから、これはこれで楽しんでるのかと思ったが」

違うのか。
本気で訊ねるイアンに、自分はどういう人間に思われているのかと、
ロックオンは軽い自己嫌悪に陥った。

「誰が楽しんでるって?
 刹那があんなになった原因がわからない。元に戻す方法も分からない、
 そんな状態でヘタなことできるか」

「まあ、お前さんの言うことも一理あるな」

ロックオンは頷いた。

「俺が言ってんのは、それだけじゃない。
 おやっさんも分かってんだろ?」

「刹那のあの色気か」

イアンも困惑の表情を浮かべた。

「あれは何とかしないといかんぞ、ロックオン。
 あちこちに爆弾落としとる」

ラッセなぞ、ノックアウト寸前までいった、とイアンは思った。
ラッセから直接聞いたのだ。

あいつがあんなに綺麗で、艶やかだとは思わなかったと、
ラッセは半ば呆然として言った。

あやうく妙な気持ちになりかけた、俺はおかしいのか、
と頭をかきむしって悩むラッセの肩を、落ち着かせるように叩きながら、
イアンはあの刹那じゃ無理もないわな、と思った。
自分ですらドキリとする時がある。若い奴らにはかなりの威力だろう。
そう思ったが、忠告は忘れなかった。
絶対にロックオンには言うな、と。

ラッセは怖ろしくて口にできる訳ないだろ、と言ったのだった。
だからこの件を、ロックオンは知らない。

「今日も落としてくれたよ」

ロックオンが肩を落として言った。

「今度はなんだ」

「俺達の前で、パイロットスーツの上を脱いだ」

「男の時の癖だ。そう簡単には抜けんだろ」

「だろうな。何せブラも付けてなかった」

体の線が多少出る位大目に見ろ、
と言いかけたイアンの眼鏡が、ズリ落ちた。

「アンダーウエア越しにラインが丸見えだ。
 ティエリアが、卒倒しかけた」

あいつ、あんなの見たことないだろうからな。

ロックオンが確信を持って言い切る。

すぐに部屋に戻らせたけどよ。
意味がわかんねえって顔しやがって、刹那の奴。

ロックオンが疲れきったように、乾いた笑いを見せた。
その肩に慰めるように手を置いて、
イアンはロックオンに憐憫の眼差しを向けた。

「ほんとに身が持たないな」

しみじみと呟くイアンに、ロックオンは全くな、と言い、
これでラグランジュに行ったらどうなっちまうんだか、と苦笑した。

 

その日の夜、ロックオンは刹那の部屋を訪れた。
刹那の部屋を訪れるのは一週間ぶりで、女の体になってからは初めてだった。
就寝時刻間近のため、刹那はすでにベッドに入り、
腹ばいになって本を読んでいた。

制服はすでに脱いでいて、寝間着代わりか、
いつものスタンドカラーのシャツを羽織っていた。

首を巡らして、ドアを振り向いた刹那に、よお、と片手を上げ、
ロックオンは刹那のベッドの縁に腰を下ろした。

「なにか用か、ロックオン」

「つれない言い方だな、お前」

素っ気なく言っただけで、
再び本に視線を戻した刹那に、ロックオンが言った。

「気のせいだ」

刹那はロックオンを見もせず答える。

「いや、気のせいじゃないね」

俺、お前になにかしたか?
刹那のつれない態度に、ロックオンが聞き返す。

「別になにもしていない」

頑なに本から視線を離さないまま話す刹那に、
焦れたロックオンは読んでいた本を取り上げた。

「何を・・・!」

取り返そうと、ロックオンの手を追う刹那の腕を、掴んだ。

「俺に言いたいことがあるだろ、お前」

翡翠の瞳が、ガーネットブラウンの瞳を見つめて告げる。

刹那は、しばらくその瞳を見続けたあと、
不意に視線を外して、腹ばいの姿勢から体を起こした。
ベッドに座り込むような姿勢になると、ロックオンに背中を向けた。

「・・・刹那・・・?」

「ロックオン。この体になってから、みんなの俺に対する態度が違う」

「そりゃ違うだろ。お前はいま、女の体なんだ」

刹那は首を振り、そういうことじゃない、と言った。

「みんな、俺を避ける。俺が近づくと狼狽える。
 人によっては固まったように動かなくなる。
 いつものように接してくれない」

それは仕方のないことだ、とロックオンは思った。

イアンとの話でも出たが、女になった刹那の艶やかさは、想像以上の威力である。
本人は無意識なだけにタチが悪い。
考えたくもないが、自分が普段の刹那に感じているような感情を、
トレミーの男連中が思うこともある、ということだ。

自分の場合はその感情のまま、刹那に触れることが出来るが、
他の連中はそうはいかない。

最も、万が一そんなことを仕掛ける奴がいたら、自分が只じゃおかないだろうが。

だが気持ち自体はよく分かるのだ。

「お前が普通じゃないからな。あいつらも戸惑ってるんだろ」

拗ねたニュアンスを声にのせる刹那の頭を、
宥めるようにロックオンが、ぽんぽんと叩いた。

「俺は俺だ。ただ女になっただけだ」

「それが普通じゃないっての。
 いいか、刹那、今のお前は男の時とは筋力も体力も、何もかもが違うんだ。
 扱いが違うのは当然だろうが」

ロックオンが呆れを滲ませて言う。

「だから触れないのか・・・俺に」

ロックオンが目を見開いた。

背中をむけたまま、刹那が尚も続ける。
一番違うのは、お前の態度だ、と刹那は言った。
ロックオンは刹那が、素っ気ない態度をとる理由がわかった。

わかると同時に、どうしようもない愛しさが胸に溢れてくる。
今すぐにでも、その体を抱きしめたい衝動を堪えつつ、
ロックオンは苦笑して言った。

「刹那、誤解すんなよ。
 俺がお前に触れないのは、それでどんな影響があるかわからないからだ。
 原因も対処方法も分からないその体に、ヘタなことはできない」

刹那が顔を上げて、ロックオンを振り向いた。
ロックオンの困ったような顔と目が合う。

腰かけるロックオンににじり寄って言った。

「このまま、元に戻らなくても俺は俺だろう?ロックオン」

刹那がロックオンの大腿に手を置き、翡翠の瞳を見上げる。

「・・・女の体での、ガンダムの操縦は、想像以上にキツイぞ」

一時の気の迷いで、お前をそんな目に合わせたらどうする。
ロックオンは、刹那と同じことを感じている自分を自覚しながら、
まだ理性と自制を総動員して告げた。

「その時はその時で受け入れる。だから・・・」

いつもよりワントーン高い声が、ロックオンを誘惑する。
ロックオンにすっぽりと収まってしまう小柄な体が、胸に縋りついて来た。

自分なのに、自分の体じゃない気がする。
だからこの体も、確かに自分なのだと確かめさせて欲しい。

心情を吐露され、ロックオンの理性がとうとう陥落した。

「後で文句は聞かないぞ」

「・・・ああ」

胸にすがりついている、頭を抱きしめ、そのつむじに口づける。
刹那が顔を上げ、誘うように赤みを増した唇を開いた。
ゆっくりと下りてくるロックオンの唇。

刹那はこの日、女になった体で、ロックオンに愛された

 

翌日の起床時刻。

刹那はロックオンの胸の上で目が覚めた。
広い胸を枕代わりに、行為の後眠っていたらしい。
体を起こした刹那は、自分の体を見つめて呆然とした。

自分の体が男に戻っていた。

刹那は訳がわからないまま、ロックオンを揺さぶって起こした。

「んあ…?」

寝ぼけ眼でのロックオンは、
自分を見下ろす刹那の姿をぼんやりと捉えていたが、
やがてがばり、と起き上がった。

「刹那っ、お前・・・!」

「どうやら元に戻ったらしい」

いつもと同じトーンの声で淡々と告げた刹那だが、口元は苦笑していた。

「どういうことだ?」

「わからない」

刹那が首を振る。
眠気が完全に引っ込んだロックオンは、男に戻った刹那の体を、
しげしげと見やった後で言った。

「戻って良かったよ」

ロックオンが笑って、刹那の体を自分に抱き寄せた。

「それにしても女のお前、可愛かったぜ。初めてなのに感度も良かったし」

「ロ、ロックオン・・・!」

胸の中で刹那が狼狽えた声を出した。

ロックオンは笑いながら、刹那の耳元に囁く。

「ホントだぜ。
 『抜かないで』って俺にすがりついたとこなんか、特に」

「・・・っ!」

刹那が真っ赤になった。
どうやらおぼろげに覚えているらしい。
居たたまれなくなったのか、ロックオンの胸に顔を埋めてしまう。

「お前も、女のほうが良かったんだろう?
 いつもより積極的だった」

再びロックオンの胸に顔を埋める形になった刹那が、
少しばかりの棘を含んだ口調でいう。

からかい過ぎて、拗ねてしまったようだった。

「ちょっと変わったシチュエーションで、燃えただけさ」

男でも女でも、俺は刹那がいいんだ。
刹那が顔を上げた。
優しく笑うロックオンを見つめ、やがて刹那も微笑みを返した。

「俺も・・・お前がいい」

「だろ?」

まあ、俺が女になることは想像もしたくないが。

二人は笑いあうと、そっと唇を重ねた。
全く、男でも十分過ぎる色気だよ、お前は。
キスをしながらロックオンは、心中で苦笑した。

<了>

無自覚な色気?いやあからさまな色気?そもそも色気が有るかすら分かりません。
しかもコメディじゃないんじゃ・・・汗
ゆーり様、こんなんでいいんでしょうか?女になった刹那(苦笑)
ご要望にお応えできたかは、甚だ疑問満載ですが、どうぞお受け取り下さいませ。
えー、書いた勢いといいますか・・・女の刹那とロックオンの行為も書いてしまったんですが
これは好き嫌いがあると思いますので、隠しました。
このページにどこかに、入り口がありますので、
読みたいと仰る奇特な方は、どうぞ捜してみて下さいませ(大層なものは書いてませんが)
ただ書いてみて、これはこれで面白いかも、なんて思ってしまい、
この設定で別なお話作ろうかな、と少し思いました。

リクエストいただきましたゆーり様、ありがとうございました。