〈 ニール・ディランディの三月三日 〉
ニール・ディランディの恋人は、刹那・F・セイエイという、
遺伝子的にニールと同性の男性である。
同じ会社の営業とデザイン室で働く、五つ年下の恋人。
二人の関係は誰にも秘密である。
付き合い始めてから、三年余りが経つが、
いい年をした男が二人、普通の男女がするような付き合いはできない。
外での食事、映画、旅行。
男二人はどれも周りに多少なりとも違和感を与える。
堂々とはできない。外での食事なら、男同士でも問題にない居酒屋や飲み屋、
映画はもっぱら家でDVDかブルーレイ。
どうしても映画館で観たい作品は、一緒に行くが離れて座る。
旅行は他の友人を交えて、数人でドライブがてらに近場へ、もしくは行かない。
二人という単位はそこに殆どない。
当然、外では甘い雰囲気など望むべくもない。
そこまで気を遣う理由は、
二人が並以上に整った容姿で、なぜか目立つこと。
そして世間的にはまだまだ理解の得られにくい関係だが、
お互いその手を離すつもりがないからだった。
その代わり、と言っては語弊があるが、
何かの行事や記念日は、どちらかの家で二人だけで過ごすということを、
暗黙のルールにし、ニールはそれを楽しみにしていた。
しかし刹那は、そういった事には淡泊なたちで、
ついこの前のバレンタインも、二人で過ごすのが当然と思っていたニールを尻目に、
急に入ったデザインの仕事の為、断りもなく残業を入れてしまった。
ニールはその日の夜、
なかなか家に来ない刹那に焦れて携帯に電話し、盛大に落ち込んだ。
確かに約束をした訳ではない。
だが言わなくても恋人がいれば、
会ってもおかしくない日だとわかりそうなものではないか。
しかも去年は一緒に過ごしたのだ。
それなのに仕事を入れてしまうとは。
『刹那は冷たい。俺の気持ち考えてくれてない』
恨み事を言って携帯を切ったニールに、
刹那はさすがにマズい、と思ったらしい。
残業を終えた深夜、ニールのマンションに来た。
二人で食事しようと楽しみにしてた。
その為のワインも買ったし、チーズや生ハム、マリネの類も買っていた。
当然チョコレートも。
セッティングされたテーブルを見て、刹那は素直に謝った。
ニールはそこで、誕生日の一日は自分の願いを何でもきいてもらう、
という約束をとりつけた。
〈 刹那・F・セイエイの三月三日 〉
刹那・F・セイエイの会社には、ニール・ディランディという社員がいる。
年は刹那より五つ上。
本社のヴァスティデザイン室で働く刹那に対し、
彼は営業本部第一部に所属している。
成績は常に優秀。
顔良し、スタイル良し、性格良し、と三拍子揃っている男で、
人当りもよく面倒見もいい。
男女年齢問わず、社員の間では評判もいい。
だが、それは他人にむける顔。
素顔の彼は少し違うことを刹那は知っている。
結構強引なところもあるし、執念深いところもある。
子供みたいな所もあって五つ年上とは思えないところもある。
なぜそれを知っているかと言えば、刹那は彼の恋人だからだ。
付き合い始めて三年。
同性同士のこの関係は誰にも秘密である。
普通の恋人同士のように、外で会う事には制限が伴う。
刹那と違い、好きな相手とは常に傍にいたいニールは、
それが残念でならないらしく、誕生日やクリスマス、正月、といった行事は、
どちらかの家で二人で過ごす、という暗黙の決まりを作った。
刹那の許可も得ず、勝手に作ったそれだが、
刹那もニールのことは好きだったし、
共に過ごしたい、という気持も勿論ある。
そうやって過ごしてきたのだが、刹那はつい最近、それで大きな失敗をした。
今年のバレンタインデー、刹那はうっかりそれを失念し、
急に入ったデザインの仕事をかたづけてしまおうと、急遽残業を入れた。
三月の最初の土日には、仕事は入れる訳にはいかないので、
早めに片付けてしまいたい、という思いもあった。
だからその夜、ニールから連絡が来た時は
「しまった」と思った。
ニールは当然、刹那が来るものと思って、支度をしていたという。
謝る刹那に対し「刹那は冷たい、俺の気持考えてくれてない」
と言われて携帯を切られた。
慌ててかけ直したが、拗ねてしまったのか出てくれなかった。
刹那は仕事を片付け、深夜になってしまったがニールのマンションに向かった。
自分が来ると思って準備されていたワインやチーズ、
生ハムやマリネの類がセッティングされたテーブルを見て、
刹那は本当に申し訳なく思った。
尚も拗ねるニールを宥めるため、
ついうっかり「お前の誕生日には、何でも願いを聞く」と言ってしまった。
それを聞いてニールはようやく機嫌を直してくれたが、
いま考えると、あれも狙ってやったんじゃないだろうか、と刹那は思う。
何せ、結構策士な上に、転んでもただでは起きない性格である。
刹那はそんなことを思いながら、三月三日を迎えた。