Only Blue

         ※ぬるいですが、性行為の描写があります。苦手な方はご注意下さい

 

就寝時刻を過ぎたトレミー。
明かりの落とされた室内。

マイスターの自室は、トレミーの他の場所と同じく、機能性を最優先して作られている。
どう見ても広いとは言えない。
だが各々の体を休ませるベッドは、シンプルではあるが、
それなりのゆとりを持って作られていた。
そのベッドの上で、二つの異なる息遣いが響く。

ロックオンに貫かれ、昇りつめた刹那は解放の余韻を味合うように、荒く息をついた。
上下する胸。
閉じられた瞳に眉根を寄せる表情は、艶やかで、どこか切なく、
見つめていたらまたどうにかなりそうだ、とロックオンは思った。

刹那に向かいかけた意識をそらすように、汗で貼り付いた前髪を掻き上げ、指で梳く。
露わにした額に口付ける。
こめかみ、頬と唇を寄せていき、最後に刹那の唇にキスを落とした。

分身は刹那の中に埋め込んだままだった。
温かい粘膜に押し包まれた感触を味あう。

やがて、キスが合図だったように、刹那がゆっくりと目を開けた。

与えられた快楽の余韻が色濃く残る瞳で、ロックオンを覗きこむと、
おもむろにロックオンの襟足の長い癖毛に、指を絡めて引っ張った。

「……どうした?」

刹那の動きに引きずられ、更に顔を近づける事になったロックオンが訊ねる。

「今日も、変わらなかったな」

刹那はロックオンの頬に、片手を添わせて囁いた。
声が少しだけ掠れていた。

「瞳のことか?」

「最近のお前は、あの瞳に変わることがない」

掠れてはいたが、声の調子はいつもと変わらない。
抑揚のない、冷静な声。
ロックオンはなぜかそこに、不服そうな響きが混じっていると感じた。

「ここはトレミーだぜ、地上とは違う。
 理性をぶっ飛ばしてお前を抱くわけにいかないだろ?」

本音を言えば、実はそんなこと、どうでもいい。
思うまま、心のままに刹那を抱きたいのがロックオンの正直な気持ちだ。

このしなやかな体をずっと腕の中に抱いていたい。

だが、いつ戦闘になるかわからない状態。
刹那も自分も主戦力として、欠くことはできない存在である。
腰が痛いだの、足腰が立たないだの、と言った状況を招くのは、
避けなければならなかった。

さすがにそれくらいの分別はある。
イアンに言わせると、相当怪しいらしいが。

「なら以前は、そんなこと考えなかったのか?」

5年前の自分達も、次のミッションの待機中の合間をぬって、体を重ねていた。
刹那は過去の記憶を思いだしながら、言う。
その口調は、ロックオンを煽るようでも、また咎めているようでもあった。

「あの時は、俺も余裕がなかった。
 お前と気持ちが通じあったばかりで」

今よりも更に、鉄面皮で、かつ感情の起伏に乏しい声だった刹那を思い出す。
心の内が本当に分かりにくかった。
まともに喜怒哀楽があるのか、と心配になったこともある。

口をついてでるのは、任務のことと、ガンダムのことばかりで、
頭の構造を疑ったこともあった。

だが、実際のところ、刹那は分かりにくいだけで、
とても感情が豊かで、素直な人間なのだと気がついた。
それがどういう感情で、どう表現したらいいのか知らないだけなのだと。

それに気が付いた辺りからだろうか。自分が刹那に魅かれ始めたのは。

「そうなのか。俺にはそうは思えなかったが」

ロックオンへの思いが、他の誰とも違うもので、
それが「好き」だという思いなのだと、気付き、戸惑っていた自分を思い出す。

あの時のロックオンは、自分とは違い、余裕のある態度を見せていた。

「精一杯の、大人の虚勢、ってやつだ」

ロックオンは、くすり、と笑うと刹那の頬に軽くキスをした。
そのまま刹那の背中に腕を回すと、ベッドの上で転がるように、体勢を入れ変えた。
自分が下になり、刹那の体を胸に抱える。
腕を突っ張ったままの姿勢は、さすがにキツくなってきた。

「んっ…」

力なくナカに埋め込まれたままの、肉の感触に、刹那は吐息を漏らす。

「……そんな思いでいたなんて、気がつかなかった」

刹那が、ロックオンの胸を枕変わりに頭を乗せる。

「お前はそんな奴だよ。
 これでも一年は、お前に手を出すのは我慢したんだぜ」

刹那に魅かれ始めてから、好きになるまでは、あっと言う間だった。
好きだと気がついたら、今度は次を求め始める。
欲しいと思った、刹那が欲しいと。
一つになりたいと。
だが欲しいのは刹那の心と体の両方。

刹那の気持ちを無視して、自分の思いのままに突っ走る訳にはいかなかった。
刹那が自分を、他の人間とは区別して見てくれることはわかったが、
それが何の感情に起因するかは、判断がつかなかった。

だから待った。
刹那の自分への思いを、見極められるまで。
一年もかかるとは、思わなかったが。

「初めての時は、随分と強引な気がしたが…?」

刹那が、ロックオンの体に跨るような格好になって顔を上げ、
翡翠の瞳を見上げていった。

「あれは、お前も俺が好きだって分かったからだ」

自分が向けるのと同じ気持ちを、
刹那も自分に向けてくれていると気が付いた。

ならば、遠慮する理由はどこにもない。

刹那に思いを告げ、自分への思いに戸惑う刹那の体を抱きすくめ、
ベッドに押し倒した。

二十歳も超えた、いい大人のくせに、かなり性急にコトをすすめ、
刹那にかなりの無理を強いた。

刹那にとっては初めての行為。
しかも本来であれば、性行為には使われることのない場所に、自分を埋めこんだ。

苦しさと、痛みと、得体のしれない感覚に翻弄され、
「いやだ」と拒んだ刹那を、半ば強引に抱いた。
自分を抑えることが出来なかった。

二人の初めての記憶は、あまりいい思い出とは言えない。
刹那にもこれ以上思い出させたくはない。

ロックオンは誤魔化すように、刹那の髪をことさらに優しく撫でた。
癖の強い刹那の髪は、固そうに見えて、存外に柔らかい。
汗でしっとりと濡れた感触を指で楽しむ。

刹那はこうして、頭を撫でられることを好む。
本人が口にしたことはないが、ロックオンには分かる。

目を閉じて、全てを委ねるような、無防備になる表情を見れば。
幼い頃、家族をその手で奪ってしまった彼には、
与えられることのなかった仕草だったからだろう。

「あの後、俺は訓練スケジュールが大幅に狂った。
 ティエリアに叱り飛ばされた覚えがある」

髪を撫でていたロックオンの手が止まる。
痛い所をつかれたように目を閉じた。

「そう。お前、やったこと自体は怒らなかったが、
 訓練に支障がでたことではかなり文句を言ってたよな」

今と違って。「もうしない」と言われたこともあった。

「今だって文句は言っているだろう」

刹那が、反論する。
ロックオンは「いーや」と首を振る。

「今のお前は文句を言っても、口だけだ」

じゃなきゃ、俺の瞳が変わるのを見たいだなんて言うかよ。
それは言外に、こんなもんじゃない、
もっと激しい、獣じみた行為を望んでいることでもある。

ロックオンは確信犯的に、人の悪い笑顔で言った。
言われた刹那の顔が、微かに赤くなる。

「ん?」と言って、刹那のガーネットブラウンの瞳を覗きこんだ。

「お前は、意地が悪い」

刹那は、ぼそりと言うと、視線を逸らして、
再びロックオンの胸に顔を埋める。

お前が、俺をそうしたくせに。
こんなに、好きにさせたくせに。
お前なしではいられなくさせたくせに。

独り言のように、胸の上で呟く刹那の声は、小さかったが、
確かにロックオンの耳に届いた。

ロックオンは刹那の体に腕を回して、抱きしめる。
その背中を、下から上に手の平で撫で上げた。
肌理の細かい、絹のような肌の感触が心地いい。

確かに5年前であれば、考えられないことだと思った。
ここまで素直に、思ったことを口にしてくれるのは。

刹那の言うように、それが自分のせいだとしたら、たまらなく嬉しいことだと思う。
刹那がどう思っているかは分からないけれど。

少なくとも嫌だとは思っていないだろう、とは感じた。

「嬉しいだろう。こんな俺を知ってるのは、お前だけなんだぜ」

「そういうところが、意地が悪い」

自分だけだと、胸の奥に燻る独占欲を、満たすようなこんな言い方をするところが。

言葉とは逆に、声の調子は甘く、
抱きしめる自分に応えるように、抱きしめ返す刹那の行動が愛しい。

こういうところは、昔から変わらない。
感情や思いを、行動にのせるところは。
ロックオンは刹那の背中をあやすように叩くと、話題を変えた。

「意地悪ついでにもう一つ聞くけどな。
 刹那、お前、おやっさんにこの関係がバレた時、どう思った?」

二人の関係は、現在はミレイナを除く、全てのトレミークルーが知っている。
だが
5年前からこの関係を知っていたのは、イアン・ヴァスティただ一人である。

ソレスタル・ビーイングが、世界にその存在を知らしめ、紛争根絶の為の介入行動を各地で行い始めて暫くたった頃、刹那とロックオンはAEUでイアンと共に、次のミッションへの待機の為、ホテルで何日か過ごしたことがあった。

エージェントが用意してくれた快適な部屋で、刹那と夜を過ごしたロックオンは、目覚めて早々、イアンの訪室をうけた。
持参した端末が作動しなくなり、緊急の作業のため、どうしてもトレミーの自室にある端末とアクセスする必要があったイアンは、刹那達が持ってきた端末を使わせてもらう為、部屋を訊ねてきた。

刹那はシャワーを浴びていた為、自分が応対に出たのだが、脱ぎ散らかされた衣服、一つしか使われていないベッド、トドメに自分の背中に走った赤い筋で、関係を看破された。
「どういうつもりだ」と詰め寄られ、あげくの果てには犯罪だ、と叱り飛ばされた。

刹那に対する、自分の思いは真剣なものだったから、思わず自分も言い返し、
盛大な言い争いになった記憶がある。

「あの時とった行動で、分からなかったのか」

刹那が呆れた声を出した。
自分についての事を、声高に、しかも口に出すのを憚るようなことまで、
イアンと言い合っていたロックオンに対し、恥ずかしいやら、バツが悪いやらで、
居たたまれない思いがして、イアンもろとも部屋から叩き出したのだ。

下着姿のままで。

「一瞬本気で、お前との関係を考え直そうかと思った」

「そんなに嫌だったのか」

ロックオンが、今更実感したかのように言った。

「いいと言うと、思っていたのか」

ロックオンは、「そうだよな」と苦笑した。

「思い留まってくれて良かったよ、刹那」

あの一件の後、自分の気持ちが分かってもらえたのだろうか。
イアンは何のかんの言いながらではあるが、刹那との関係を黙認し、
やがて見守り、協力者となってくれた。

年長者として、色々と助言ももらった。
そのうちそれがエスカレートし、こうやって過ごす一時のことまで、
話すようになってしまったが。

だがこの事については、刹那はいまだ知らない。
イアンもそこはわきまえているのか、刹那には話さない。

この事が知られたら、さすがに今の刹那でも、怒り出すに違いない。
そうしたら、暫く、キスすることですら許してもらえないのではないか、
とロックオンは思った。

「俺はいまでは、少し後悔している」

「嘘つきな口は、この口か…?」

なんでそう、心にもないことを。
照れ隠しにしても程がある。

そんなところも、好きでたまらないのだが。

ロックオンは笑いを含んだ声で言うと、
刹那の顎をとって上向かせ、そのまま口付けた。

「ん…」

ついばむような口づけに、刹那は鼻に抜ける声を出し、舌を差し出す。
口内でロックオンの舌と絡め合わせながら、その感触に酔った。

ほら、やっぱりだ。

口では何のかんの言いながら、自分の行為に刹那は応えてくる。
時々は自分が驚く程積極的に。

行為の後のピロートーク。

昔を懐かしみながら、訪れる睡魔に、二人で身を委ねるつもりだったのに、
今の口づけが、お互いの体の芯に残る、情欲の欠片に火を灯し始めていた。

「あの後すぐだったか、刹那。お前が俺の、水色の瞳を見たのは」

唇を離し、だがまだ触れあわんばかりの至近距離で、ロックオンが訊ねた。

「そうだ」

刹那が、ロックオンの瞳を見つめたまま応える。

「綺麗だと言ってくれたな、俺の瞳」

こうやって、手を伸ばしながら。

ロックオンは、記憶を辿るように刹那のこめかみに、そっと指を這わせた。
5年前、刹那が自分にしたように。

「綺麗だった。俺が見た事もない色だった」

ロックオンの水色の瞳は、刹那にとっては特別な意味を持っていた。

刹那はその時のことを思い出す。
水の色を纏った翡翠の瞳。それが青みと明るみを増して、

透明感のある明るい水色に変わっていった瞬間。
行為の最中だということも忘れて、その瞳に魅入ってしまった。

そんな刹那にロックオンは告げた。
自分の瞳の色が変わること。
だがそれは、よほどの感情の昂ぶりがないと、おこらないこと。

子供の時はともかく、成長してからは滅多におこらなくなったこと。

そして刹那に忘れられない意味を与えたのは、
その瞳の色が、性行為で出たのは始めてだと言うこと。

自分はこうした行為は初めてだったが、
ロックオンはそうではないことは分かっていた。

健康な成人男性で、整った容姿。性格も悪くない。

何人も経験があるに違いない。
だが、彼のこの瞳を見たのが、自分だけだという事実が堪らなく嬉しかったのだ。

「俺しか知らないのなら嬉しい、とも言ってくれたな」

俺の体の下で、喘ぎながら、途切れ途切れに。

刹那を見つめるロックオンの瞳に、愛しさが溢れる。
宿る光の優しさに、刹那の体がドクン、と疼きだした。

キスによって灯された、体の芯の炎が燃え上がり始める。

「そうだ。あの南の島で、確かにそう言った」

刹那の声が、艶やかさを増した。
体がどんどん熱くなっていくのが分かる。

マイスター4人で過ごした、南の島の無人島。
バカンスといってもいい
3日間。


戦いに明け暮れていた自分だが、安らいで穏やかに、過ごすことができた。
眩しい太陽と、鮮やかな青のグラデーションを見せていた海。
海の色はロックオンの水色の瞳と同じ色をしていた。

生命の源であると言われている、海と同じ色の瞳。
彼もまた、この海のように、自分という命を育んでくれる愛しい存在だった。

彼が自分を、いまの自分にしてくれたのだ。

光に彩られた、優しい時間だけで過ごした記憶。
ロックオンを失った後、この記憶も確かに自分を支えてくれていた。

「あの島のお前は、いつにも増して可愛かった」

「男に可愛いなんて言うな」

ロックオンはくすり、と笑った。

「今は、そうは思わないから安心しろ」

今のお前は綺麗だからな。俺の瞳なんかより遙かに。
ロックオンの告白に、刹那は目を見開いた。
余計に聞き捨てならない。
反論しようと口を開きかけるが、ロックオンはいいから言わせろ、
とその唇に指を押し当てた。

「お前は綺麗だよ、刹那。顔や体だけじゃない、全てが」

なんでそんなに、綺麗になっちまったんだか。
苦笑を孕んだロックオンの声が、一段低いトーンに変わる。

「綺麗だから、欲しくなる。刻みつけて、俺に堕としたくなる」

足跡一つない雪面を踏み荒らすように、
鏡のような水面に石を投げ込んで波紋を浮き上がらせるように。
消えない跡を残したくなる、その体と心に。

「……お前なら、いい……」

刹那はロックオンの声に酔ったように、陶酔した表情で言った。

「そうやって煽って……なにが望みだ?」

「言わないと、分からないのか」

刹那が挑発するように微笑んだ。
蠱惑的な、色を纏った表情。

ロックオンも笑うと、再び刹那に口づけた。

「…あ…っ」

刹那の中に埋め混まれたままだったロックオンが、力を取り戻していく。
ロックオンは、楔のようなそれを埋め混んだまま、再び体勢を入れ替えた。
力を取り戻したロックオンの分身が、刹那の後孔の粘膜を、隙間なく埋めていく。

刹那は脚を、ロックオンの腰に絡めて、抱き締めて引き寄せた。
ロックオンは刹那の腰を掴むと、ゆっくりと動かし始めた。

円を描くような動きで、刹那の内壁を擦り上げる。
滲みだしてきたぬめる体液が、律動を助けた。
泥を捏ねたような音が、二人の下肢から響きだす。

「見せてくれ…ロックオン…」

あの瞳を。
俺に溺れるお前を、あの瞳は俺だけの色だろう?

ロックオンに縋りつき、耳元で囁く。

「お前だけだ、刹那。お前にしか見せない……お前だけの色だ」

刹那の問いかけに、譫言のように応えながら、
ロックオンはその望みを叶えるべく、理性を手放した。

<了>

暁月さまへ捧げます。
「ロックオンの瞳の色が変わる事を知った刹那は」なお話。
ピロートークで纏めてみました。
この設定については、拍手SS「好きな色シリーズ」にモチーフとしては入れてありまして
今回それを再構築した形になりました。
ついでにおやっさん、ことイアンが二人の関係に気が付いたエピソードも、話として考えていたものを抜粋して入れてみました。
今回のリクに関しては、「シンクロニティ」という言葉を思い出しました。「同調性」というやつです。
と言うのも、現在書いてます話の一つ「Invidia」の後編は、まさにこの水色の瞳の描写が出てくる構成で考えていまして、色々あって結局変えたのですが、すごい偶然だな、と思ったものです。
暁月さまの、ご満足のいく話かは大いに謎ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
リクエストいただき、ありがとうございました。