恋敵が多すぎる
ラグランジュでの補給、整備を終えたトレミーは、宇宙空間を進む。
いつものように活動開始時刻後のブリーフィングをしていた時だった。
クルーの背後のドアの開閉音がした。
全員、その音を軽く耳で受け流しかけて、気がつく。
クルー全員、このブリーフィングルームに集合している。
ドアが開く筈がない。
ほぼ同時に、それに気がついたクルーは、隣同士顔を見合わせた。
「子供…?」
唯一ドアに正対していたスメラギが、疑問を語尾にのせて言葉を紡いだ。
他のクルーが一斉に振り返る。
そこには、小さな男の子が一人立っていた。
「おいおい、なんだって子供がいるんだ?」
「ラグランジュで乗ってきちゃったのかな」
イアンとアレルヤが顔を見合わせる。
「こんな小さい子は、基地にはいないだろ?」
「いや、何人かいたぞ」
生真面目に訂正するティエリアに、
いやそういうことじゃなくて、とロックオンは言った。
「あなたの名前は?」
クルーの人垣を押しのけ、スメラギが一番前に進み出ると、
子供に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「俺はダブルオーだ!」
元気よく宣言する子供に、皆「は?」という顔をした。
「何言ってんだ、こいつ」「大丈夫か」「昔の刹那みたいだね」などと、
クルーが口々に言い合う中、スメラギは思いの他真剣な瞳で、目の前の子供を観察した。
見たところ、7、8才、
子供用にきちんとしつらえられたソレスタル・ビーイングの制服を着ている。
快活な印象を与える子供だった。
だがスメラギの目を引いたのはその髪の色と瞳の色だった。
子供は刹那に似た髪型をしていたが、色は真青。
瞳はメタリックの輝きを持つ、アレルヤとはまた別の銀色だった。
人にはおよそ持ち得ない色素に、
スメラギは観察するような顔つきで、子供を見つめる。
自分を囲むように見下ろす、クルーをきょろきょろと見上げた子供の顔が、
ある人物の前で止った。
目に見えて顔が輝く。
「刹那!」
弾む声を上げ、刹那の腰に勢いよく抱きつく。
刹那は困惑しながらも、それを受け止めた。
「会いたかったよ、刹那!」
子供は嬉しくてたまらないのか、刹那の腹に頭をぐりぐりと押付けた。
「こーら、何してんだ」
ロックオンが子供の首根っこを掴んで、刹那から引き剥がした。
「なにすんだよ!」
「なにすんだよ、じゃない。
いい加減お前さんの名前を教えろ」
ロックオンがやれやれ、といった体で子供を見下ろした。
「だから言ってんだろ、ダブルオーだって」
「それがふざけてるっていうんだ」
ロックオンが顔を顰めた。
「嘘なんか言ってない。
だったら格納庫を見てみろよ、俺はいないから」
「何をばかな…」
ロックオンが鼻で笑おうとしたとき、
ミレイナから突拍子もない声が上がった。
「その子の言う通りです。ダブルオーがありません!」
何だって!?
クルー全員から、異口同音に声があがった。
ロックオンは信じられない思いで、子供を凝視する。
「本当に、ダブルオー…なのか」
いつも淡々とした刹那の声に、珍しく驚愕が混じっていた。
半信半疑の顔つきで、子供を見つめる。
子供はにっこりと笑うと、再び刹那に抱きついた。
「刹那に会いたくて、人間になったんだ」
刹那を始めとして一同は、呆然とその宣言を聞いた。
ダブルオーが擬人化した。
この事実にトレミー内はちょっとしたパニックになった。
ティエリアなどは気を失いかけた程である。
それは戦術予報士であるスメラギも同様で、どうすべきかの判断がまるでできなかった。
様々な出来事に遭遇している自分達ではあるが、
これはその許容範囲を遙かに超えている。
穏やかな朝のブリーフィングは一転、これ以上ないくらい真剣なものに変った。
「それじゃダブルオー、
お前さんにもどうしてこうなったかは分からないんだな」
ダブルオーはこくり、と頷く。
「ラグランジュの起動実験の後、
刹那に会えて話せたら良いと思ったんだ。気がついたらこの姿だった」
「…考えられるのは、2乗化したGN粒子の影響か」
それ以外に思いつかん。
何でもありだからな、あの粒子は。
イアンは頭を掻いた。
「それで?君は元に戻れるのか」
気を取り直したティエリアが質問する。
「わからないけど、多分ね」
「多分では困る」
ティエリアが目を剥いた。
ガンダムの中でも、最も強力な戦力のダブルオーがいないことは、
今後の戦局に不利になる。
一刻も早く元に戻って貰わねばならなかった。
「そんなにカリカリしないでよ。本当に分からないんだから」
子供のダブルオーは、困った顔で言った後続ける。
「俺刹那に会いたくてこうなったからさ、
一緒にいられれば満足して元に戻ると思う」
ダブルオーは刹那の顔をみて、笑った。
「お前さんもやっぱり刹那が好きか」
「当たり前だよ!俺のこと本当に大事に思ってくれてるんだもん」
イアンはそうか、そうか、とダブルオーの頭を撫でた。
機械にも心はあると言うが本当だな。
心を込めて世話している甲斐もあるってもんだ。
イアンはなぜか、ご満悦だった。
順応が早すぎる、と他のメンバーは半ば呆気にとられた。
「刹那は?俺と会いたくなかった?」
何も言わない刹那に、ダブルオーはおそるおそる聞いた。
表情が出にくい刹那は、初めて会う者には、
だいたいむっすりした印象を与えるのだ。
「いや、こういう形とは思わなかったが、
お前と話せたら嬉しいと思っていた」
お前はいつも、俺に、俺の思いに応えてくれていたから。
「刹那!!」
ダブルオーが感極まって、刹那に抱きつく。
「…この空気、やっぱり刹那だ。
コクピットの中で感じていた通りだ」
「お前もそうだ、ダブルオー。
いまコクピットにいる感覚を俺も感じている」
ダブルオーは、本当に嬉しそうに笑った。
その様子に、眉をピクリと跳ね上げたロックオンを見て取ったイアンは、
やれやれ、と肩を竦めた。
その後の話合いで、ダブルオーが元に戻るまで、
彼の面倒は刹那が見ることに決まった。
昔の自分が、周りにとって手のかかる人間だったからかは分からないが、
刹那は実に面倒見が良かった。
人間の姿になったダブルオーにとって、日常的な生活は初めてといっていい。
着替えや就寝、食事について刹那は丁寧にダブルオーに説明し、教えていった。
大好きな刹那が教えてくれたこと、
そして元々は機械であり、一度組み込まれた事は忘れることがない。
ダブルオーは一週間ほどで、人間の生活に順応した。
この間、敵の攻撃がなかったことが幸いだったが、
ダブルオーが元に戻る気配は全くなく、クルーの困惑は更に深まっていた。
「ロックオン、刹那はどこだ?」
就寝時刻まであと少し、となった頃、
ケルディムの調整を終え、傍らに端末を携えて格納庫を出がけ、
ロックオンはイアンから声をかけられた。
「…知らねえよ」
「珍しいな、お前が刹那の居場所を把握してないなんて」
「ダブルオーがああなってから、刹那とは殆ど接点がないんでね」
ヤケクソ気味に言い放つロックオンに、
イアンはそう言えばそうだな、と納得する。
「刹那になんか用なのか?」
「エクシアのリペアを当面の刹那の乗機にしようかと思ってな、その相談だ」
「ダブルオーね…」
ロックオンの声が苦々しくなる。イアンは苦笑した。
「ダブルオーは相変わらず、刹那にべったりか?」
「聞かないで欲しいね、そんなこと」
ロックオンの顔が険しさを増す。
「おいおいそんな顔するな。
お前さんのその顔はちょっと怖いぞ」
イアンがぽんぽん、と肩を叩く。
「怖くもなるぜ、おやっさん。
俺がどういう思いで一週間過ごしたか考えてくれ」
それもこれもあのガキのせいで。
ロックオンは低く呟いて、拳を握る。
「ガキはないだろう。擬人化しただけで…」
ダブルオーだぞ、と続けようとしたイアンは、
「あんなのガキで十分だ」と言うロックオンに言葉を阻まれた。
「…で、どういう思いで過ごした訳だ?」
これは聞いてやらなければ納まりがつくまい。
うんざりする類の話だろうが、刹那に関することをロックオンが話せるのは自分だけ、
と自負している。
イアンは覚悟を決めた。
「子供に、妻を取られた気分だぜ」
「なんだその例えは」
「いや、おやっさんなら分かるかと」
なにせ艦内唯一の妻帯者だ。
子供にかかりきりになる伴侶の姿を、どう思うか聞きたかった。
「擬人化した当初から、嫌な予感はしてたがな、それは正しかったぜ」
いや、自分の考えていた以上だったと言える。
初めて食事を取る時、ダブルオーはスプーン、フォークの使い方すら覚束かず、
刹那に食べさせて貰っていた。
食事自体になれていないため、ポロポロと零すダブルオーの口元やテーブルを、
何も言わず拭いながら、見守る刹那の表情は穏やかで、
ロックオンは自分が小さい頃の母親の顔にダブらせた位だ。
そんな刹那はお目にかかったことがなかったから、
驚くと共に、自分に向けられた顔ではないことが面白くなかった。
それだけではない。
ダブルオーはシャワーも刹那と共に浴びた。
使い方を教えるついでに、ということだが、これを聞いた時は、
「使い方さえわかれば自分でできるだろう」と刹那に噛みついた。
だいたい自分が一緒に使おうというと拒むくせに、
なんでダブルオーだと良いのか。
ロックオンはそれも刹那に詰め寄ったが、
「お前はデカ過ぎる。狭くてそれどころじゃないだろう」とあしらわれた。
着方が良く分からないと、制服を着せてもらい、
トレミーの内部構造や、クルーの人となりを説明され、
あまつさえ一緒のベッドで休んだりしているのだ、あの擬人化したMSは。
イアンに話しながら、ロックオンはどんどん腹が立ってきて、
知らず片手に持っていた端末を握る手に力を込めた。
「人間になって間もない子供だと思って、大目にみてやれ」
お前さんもさっき、「ガキ」だと言っとったろうが。
薄い金属板の端末にめり込む勢いのロックオンの手に、
頼むから壊してくれるな、と、イアンはおかんむり状態のロックオンを宥めにかかった。
「ナリはガキだけどよ、中身は違うぜ」
あいつは、刹那が好きなんだ。
「あれだけ、自分を大事にしてくれてるパイロットだぞ、当然だろうか」
「そうじゃねえよ、おやっさん。
あいつは俺と同じ意味で刹那が好きなんだ、惚れてるんだよ」
言い切ったロックオンに、イアンは呆れかえった。
こと刹那が絡むと、ロックオンは普段のおおらかさも、穏やかさも、
包容力もどこかに消え去り、かなり大人気ない男に変る。
余裕が微塵もなくなるのだ。
刹那の気持ちが誰にあるかなど分かっているだろうに、
何かあると毎回毎回この調子である。
これは性分だな、とイアンは思った。
そして、今回もその類のようだ。
「考え過ぎだろう。
お前さんは刹那のことになると、見境がないからな」
お前の方が子供みたいだぞ、とイアンはダメ出しのように言った。
「ダブルオーも、あんな姿になって戸惑ってるんだ。
刹那が一番信頼できるんだろう」
刹那もその信頼に応えている。
あいつは誠実な男だからな。
そうだろ?
ロックオンは、反論できなくなった。
そう、刹那は誠実で、無表情で一見冷たそうだが、優しい男である。
それについては異議はなかった。
だが面白くないのだ。
イアンは肩を叩きながら、さりげなくロックオンの手から端末を奪い取った。
これ以上の負荷をかけられてはたまらない。
「第一、人のナリはしているが、機械だぞ。
この端末や、そこのモニターと同じだ」
お前さんは、この端末に焼きもちをやくつもりか。
イアンが端末を、かざして振る。
ロックオンは、ぐうの根もでなくなった。
極端だがそういう例えをされると、急に自分が恥ずかしくなる。
「…わかったよ」
ロックオンの内心は、言葉とは正反対だったが、
これ以上はイアンに言っても仕方ないことだった。
この感覚は、刹那が好きな自分しか感じないものなのだ。
そしてイアンに言って、この反応なら、他のクルー誰に言っても同じだろう。
刹那に言っても「考えすぎだ」と言われて、ヘタをしたら、口論になりかねない。
ロックオンは気分が晴れないまま、イアンと別れ、自室に戻っていった。
(そんなに刹那と、接点がないのか)
イアンはロックオンの後姿を見送りながら、無造作に頭を掻いた。
ロックオンのいうように、ダブルオーが刹那に惚れてる、云々はともかく、
殆ど刹那と接していないことはわかる。
共に過ごせないことが、かなりの鬱憤になっているようだ。
そういう所も、大人気ない。
だが放っておくのも気の毒な気になった。
刹那に会ったら、さりげなく伝えておくか、と思った。
刹那は特に、そういう観点には鈍い男で、
時々ロックオンには同情したくなる程である。
格納庫に入ったイアンは、
ロックオンが調整したケルディムの最終確認に入ろうと、端末をつなげる。
さきほどロックオンから奪った端末である。
薄い合板の表面に僅かな窪みができ、滑らかな表面がぼこぼこしていた。
早めに取り上げておいて良かったと思う。
細身に見えて、一流のスナイパーだった男である。
腕の力は見かけ以上にあった。
「イアン」
刹那の声に、イアンは作業の手をとめた。
「どうした、刹那」
「ロックオンを見なかったか」
さっき格納庫に行ったと聞いたんだが。
刹那は周りを確認するように、首を巡らしながら訊ねた。
珍しいことに、ダブルオーは傍らにはおらず、刹那一人だった。
「さっきまで、調整をしとったようだがな、部屋に戻ったぞ」
「そうか」
だったらすれ違いか、刹那は小さく言った。
「今日は、ダブルオーは一緒じゃないんだな」
「部屋で休んでいる。もう就寝時刻だ」
「刹那、お前さんロックオンを捜しにきたのか?」
刹那は頷いた。
ここ最近、殆ど接点がない。
話も数える程しかできていないし、
俺が来ると、いつの間にかそこからいなくなってしまう、と刹那は言った。
ダブルオーに世話を焼く刹那を、見たくないらしい。
イアンは全く困ったもんだ、と思った。
あいつ自体にも原因があるんじゃないか。
だが丁度いい機会だ、さっきのことを伝えておくかとイアンは思った。
「刹那、ロックオンが寂しがっとったぞ。
お前さんと一緒にいられる時間がないってな」
イアンの言葉に、刹那は僅かに耳を赤らめる。
「お前さんは平気だろうが、あいつはな。
少し考えてやってくれるか」
「…イアン、あんたはわかってない」
そしてロックオンも。
刹那は首を振った。
「あいつはその気持ちが、自分だけ感じるものと思っているんだ」
「おいおい…刹那」
「俺が同じ気持ちだとは、考えもしない」
イアンは刹那を、思わず凝視した。
いまさりげなくだが、刹那ははっきりと、ロックオンと同じ気持ちだと言ったのである。
だったらなんで、それを本人に直接言わないのか。
言う相手を根本的に間違えている。
「刹那、それは本人に直接言ってやれ」
「何を」
「だからいま、儂に言ったことだ、言う相手が違うだろう」
イアンに言われ、自らの発言を思い返した刹那の頬が、今度は赤くなった。
「そうだな」
「さっさとロックオンの部屋に行ったらどうだ」
喜ぶぞ、あいつ。
イアンは刹那を手で追う払う仕草をした。
刹那の顔が今度は赤くなった。
何か言い返そうとしたが、気持ちを言い当てられ、何も言えなくなった。
小さく頷いて肯定の意を表し、格納庫を出て行った。
(ひとつ、貸しだな、ロックオン)
イアンはそんなことを思いながら、中断していた調整を再開させた。
ロックオンが制服を脱ぎ、アンダーウェアだけの身軽な姿になった時、
自室のドアホンが押された。
誰だ、と、訝かしむ間もなく刹那が入って来る。
この部屋に刹那が来るのは何日ぶりになるのだろうか。
そして傍に来ることは。
「刹那…」
ロックオンは感慨に浸りながら、刹那の顔を見つめた。
「俺の顔になにかついているか」
「いや、久しぶりだな、と思ってよ」
お前にこうして会うのも、話すのも。そしてお前がここに来るのも。
なにせダブルオーにかかりっきりだったからな。
多少の皮肉を込めて言ってやる。
「…一週間ぶりだ」
律儀に計算したのか、少し考えた後そう言った刹那に、
ロックオンは自分の皮肉が、全然通じてない、とため息を吐いた。
「そう、こんな限られた艦内にいて、
接点がないのもおかしな話だよな」
それもこれもあのダブルオーのせいだ。
ロックオンはもやもやとした苛立ちを全て擬人化したMSに向けた。
「だから、お前に会いにきたんだ」
「刹那…」
「俺もお前に会いたかったから」
刹那は真剣な顔と声で告げると、ロックオンに近寄ってきた。
軽く伸び上がり、唇を重ねる。
ロックオンは刹那の後頭部を抱き寄せ、口づけを触れるだけの軽いものから、
深く重ねあい、互いの舌を絡ませるいつのもキスに変えた。
そのまま刹那の背中を支え、ベッドに横たえる。
「…んっ…」
鼻から息を抜きながら、刹那もロックオンの首に腕を回した。
「刹那、お前も俺みたいに思ってくれたのか」
至近距離でロックオンの双眸を見つめたまま、刹那が頷く。
「傍に、いきたかった」
刹那はロックオンの頬をゆっくりと撫でた。
ロックオンはその手を取ると、手の平に唇を落す。
「ならもっと、傍にきてくれるか?」
「…ああ」
見つめあいながら笑いあう。
瞳を閉じた二人が、唇を重ねかけた時、再びドアの開閉音がした。
「刹那あ、どこ」
二人は、その体勢のまま固まり、ついでドアを見やった。
寝間着代わりに刹那のTシャツを羽織り、枕を抱えたダブルオーが、立っていた。
「どうした?ダブルオー」
甘い雰囲気はどこへやら、のし掛かっていたロックオンの体を脇へ押しやり、
刹那は立ち上がってダブルオーに近づいて屈む。
「刹那、いた…!」
ダブルオーは枕を放りなげ、刹那に抱きついて言う。
「眠れないんだ、刹那…今日も一緒に寝ちゃだめ?」
刹那と一緒だと安心するんだ。
抱きついた胸の中から、刹那の顔を見上げて懇願する。
刹那はその髪を優しくなでた。
「お前がそうしたいなら、構わない」
刹那はそう言って、ダブルオーを抱き上げ、
床に放り投げられたままの枕を手に取った。
「え?…ちょっと、おい…刹那!」
ロックオンが、慌ててベッドから起き上がる。
刹那が傍にきただけではない、せっかくのいい雰囲気、
しかも刹那から誘ってくれたような展開だったのに、これは何だ。
「すまない、ロックオン」
刹那は目を伏せながら、本当に申し訳なさそうに言うと、
そのままダブルオーを伴い、部屋を出て言った。
後には呆然としたままのロックオンが残された。
(マジかよ)
この昂ぶった気持ち、どうしてくれるんだ。
ロックオンは額に手を当てて、天井を仰いだ。
翌日。
恒例の朝のブリーフィングルームは、重苦しい雰囲気に包まれていた。
スメラギと、当直だったティエリアとミレイナがまだ来ていないため、
ブリーフィング自体は始まっていない。
室内にはいつものように、ダブルオーの声と、それに応える刹那の声がするだけだった。
「今日は何時にもまして、ご機嫌斜めですね、ロックオン」
アレルヤが、小声でイアンに語りかけた。
「昨日の夜、刹那と一緒に過ごすところ、
ダブルオーに邪魔されたそうだ」
イアンは更に小声で、耳打ちするように言った。
ああそれで、とアレルヤも納得する。
重苦しい雰囲気を醸し出す張本人、ロックオンはむっすりと壁にもたれて、
ふてくされるように腕を組んでいた。
「でもダブルオーにも刹那にも、何も言わないんですね」
「刹那が完全にあっちよりだからな、
言っても自分が馬鹿を見るだけだと思っとるんだろう」
「刹那は鈍いですからね、そういうところ」
お前さんには言われたくないだろう、と思いながらイアンは頷いた。
アレルヤの言う通り、刹那は自分に向けられる好意には鈍い。
イアンはますます、ロックオンが気の毒になった。
そんな時だった。
「ねえ、刹那。刹那は俺のこと好き?」
ダブルオーの声が、ブリーフィングルームに響き渡った。
イアンとアレルヤはぎょっとして、刹那とダブルオーを見つめる。
他のクルーも会話を止めた。
「ああ、お前は俺のガンダムだから」
ロックオンが、思わず壁から身を乗り出した。
「俺もだよ、俺も刹那が好きだ」
言うなりダブルオーは、屈んで話をしていた刹那に飛びつき、口づけた。
クルーは呆気に散られて、それを見守った。
噛みつく勢いでキスされた刹那は、
存外に強いダブルオーの力に、尻餅をつく格好で、口づけを受ける。
驚愕で呆然としていた顔が急に正気に戻る。
あまりのことに、ロックオンは固まったまま動けなくなっていた。
尚もキスを続けるダブルオーの顔を、刹那は強引に引きはがした。
「ど、どういうことだ?」
刹那が珍しくどもって、狼狽えた声を出した。
「刹那が好きなんだよ…!」
「ダ、ダブルオー…!」
尚も刹那に迫る勢いのダブルオーを、
押し留め尻餅をついたまま、後ずさる。
「なんで逃げるの?刹那。
刹那も俺を好きだって言ってくれたじゃないか」
「そ、それは…」
「刹那はそういう意味で、お前が好きなんじゃない」
自失から覚めたロックオンが、冷たい声で宣言した。
ダブルオーが振り向くと、壁にもたれていたロックオンがゆっくりと歩いて来た。
ダブルオーの瞳を見据えたままの、ロックオンの眼光は鋭かった。
頼むから銃なんか向けんでくれよ。
イアンははらはらしながら、その様子を見守った。
「そうなの?刹那?」
ダブルオーが刹那の制服のジャケットを掴む。
その瞳はいまにも泣きそうだった。
刹那は縋るようなその瞳に、心が痛んだ。
だが、自らの心を欺くことは出来ない。
そしてダブルオーに偽りを言うこともできない。
刹那は頷いた。
ダブルオーの顔色が変り、表情が歪んだ。
「嘘つき!好きだっていってくれたくせに!!」
「ダブルオー!」
ダブルオーは刹那の制止も振り切って、
ブリーフィングルームを飛び出して言った。
後には刹那を始めとして、呆然としたトレミーのクルーが残された。
「ダブルオー…」
刹那は呟いて立ち上がり、そのまま後を追おうとした。
「追いかける気か?刹那」
ロックオンが、引き留めるように刹那の腕を取った。
「ダブルオーを傷つけてしまった。
ちゃんと話さなければいけない。
誤解をといて、俺の気持ちを分かってもらわなければ」
言い切った刹那に、ロックオンはため息を吐いた。
「お前、俺の気持は考えてるわけ?」
刹那ははっ、とした。
「ロックオン、お前は知っていたのか?
ダブルオーの俺への気持を」
「刹那のことだ、気がつかない訳ないだろ?
お前は気がついてなかったみたいだけどな」
刹那の鈍さは昔からだ。
ロックオンは諦めの表情を浮かべた。
その表情に、刹那は一歩を踏み出せなくなった。
この一週間、自分はロックオンも苦しめていたことになる。
自分の鈍さに、刹那は唇を噛んだ。
ロックオンは刹那の頭をぽんぽんと叩く。
「お前のしたいようにしろ。俺のことはいいから」
ロックオンが背中を押した。
刹那は「ああ」と頷くと、ブリーフィングルームを出て言った。
「お前の思った通りだったな、ロックオン」
刹那が去った後、イアンは感心したようにロックオンに語りかけた。
「だからそう言っただろう?おやっさん」
「いや、それにしてもここに、
ミレイナとティエリアがいなくて良かったよ」
「…全くだ」
彼女がいたらどうなっていたか。
ロックオンはそれを想像して笑う。
アレルヤ他、残されたクルーは朝からの騒ぎに、
げんなりした顔でお互い視線を交し合った。
「ダブルオー、そこにいるのか」
彼用に宛がわれた空いた個室のドアに声を掛ける。
ロックはかかっていない、刹那は中に入って行った。
ベッドからのそり、と立ち上がった男に目を見開く。
そこには、ダブルオーと同じ髪と瞳、そして面影を残す男がいた。
違うのはその体が成人の男性になっていたことだった。
「ダブルオー…?」
男は頷いた。
「その姿はどうしたんだ」
いきなり姿がかわってしまったダブルオーに、刹那はいささか驚きながら訊ねる。
立ち上がったダブルオーは、ロックオンと同じくらいの背格好になっていた。
「変えたんだよ、刹那の為に」
ダブルオーは刹那の肩を掴んだ。
声も甲高い声から、低い男の声になっている。
気のせいかその声はロックオンに少しだけ似ていた。
「俺が子供の姿だったからダメだったんだろう?
だから大人になったんだ」
だったら大丈夫だよね、刹那。
ダブルオーは言うやいなや、刹那をベッドに押し倒した。
「ま、待て、ダブルオー」
刹那がのし掛かる体を押し留める。
だが成人になったためか、元は機械であったからか、
ダブルオーの力は驚く程強く、刹那が何をしてもビクともしなかった。
「どうして?
刹那も俺の事好きだ、って言ってくれたじゃないか」
ダブルオーは刹那の首筋に顔を近づけ、強く吸った。
痛みにも似た感覚に、刹那が声を上げる。
「違うんだ、ダブルオー、そういう意味じゃない」
刹那は首筋に吸い付くダブルオーから、逃れるように首を振った。
「わかんないよ、刹那」
ダブルオーは刹那の両手を一纏めにして、左手一本で固定すると、
右手でシャツの中に手を滑り込ませた。
「だめだ、ダブルオー」
シャツをまくり上げながら、胸の突起を指で擦られた。
制止の声を上げながら、その刺激に思わず吐息が零れる。
ダブルオーは押さえつけた下半身、
刹那の足の付け根に、膝を押付けて刺激する。
「…っ…」
紛れもない快感に、刹那は唇を噛んだ。
「やめるんだ、ダブルオー」
ダブルオーは首を振った。
「大丈夫、やり方は知ってる。
刹那のことちゃんと気持良くさせてあげるから」
あいつになんか負けない位に。
ダブルオーがまくり上げたシャツの中から覗く、
葡萄の粒のような乳首に噛みついた。
「あ…っ…」
痛みと快感に、刹那から思わず声が漏れた。
「いやだ、ダブルオー、止めてくれ!」
拒絶の声を張り上げた刹那に、ダブルオーの動きが止った。
顔を上げて、肩で息をする刹那の顔を覗き込む。
「なんで」と言った。
「なんで俺じゃだめなの?好きだって言ってくれたのに。
なんであいつはよくて、俺はだめなの!?
俺だって刹那のことが、こんなに好きなのに!」
ダブルオーの瞳から、涙が零れ、刹那の頬を濡らした。
「なんで」と尚もいいながら、
刹那の胸に突っ伏してしまったダブルオーの硬い髪を、刹那が優しく撫でた。
「…すまない、ダブルオー」
ややあって、刹那がぽつり、と言った。
「確かに俺はお前が好きだ。だがお前の望む好きではないんだ。
それは信頼といった類のもので、お前が望む形ではない。
お前が俺に抱くような感情を持つことはできない」
俺が欲しいと思うのは、ロックオンだけだ。
本当にすまないとは思うが。
「残酷だよね、刹那は。相手を目の前にしてさ」
ダブルオーは拗ねたように言った。
「そうだな。俺はお前の気持に何も返してやれない」
だから、と刹那は言った。
「心や気持ちはやれないから、この体で良ければ、お前にやる」
「刹那!?」
ダブルオーが、がばりと体を起こした。
刹那は穏やかな顔で、ダブルオーの銀の瞳を見つめる。
「いつもお前は俺を守ってくれていた。
ともに戦ってくれていた。俺の声に応えてくれた。
それだけじゃなく、俺を愛してくれている。
だが俺にはお前に返せるものが何もない」
だからお前が望むのであれば構わない。
刹那がダブルオーの頬を撫でて、微笑む。
「…だったらなおさらできないよ」
魅入られたように、
刹那の顔を見つめていたダブルオーが、苦笑して言った。
さっきは拒んだくせに、
自分が刹那を欲しがって泣いたから、応えようとしてくれたのだ、
とダブルオーは思った。
「俺は刹那の心が欲しいの、そして刹那の全部が」
体だけなんて、意味がない。
だからごめんね、刹那、こんなことして。
ダブルオーはそう言うと、
たくし上げた刹那のシャツを下ろし、その体から退いた。
「あーあ、大人になってもやっぱりダメか。
背も、声もあいつに似せてみたのにさ」
「…すまない」
刹那もベッドから起き上がり、頭を下げた。
やっぱりたまらなく好きだ、と思う。
大人の姿になったからだろうか、尚更そう思う。
ダブルオーは無意識に手を伸ばしかけ自分に気がつき、慌てて引っ込めた。
「謝らないでよ、刹那。俺が悪いんだから」
傍にいたら耐えられなくなりそうで、
ダブルオーは刹那から離れるように立ち上がり、反対側の壁に背中を預けた。
何気なくドアの方を見やって、あることに気がつく。
「ねえ、刹那、聞かせてよ。
あいつのどこがいいの?」
ダブルオーにロックオンのどこが好きかと聞かれて、
刹那の耳が赤くなる。
どこが?
そんなこと考えたこともなかった。
刹那はすぐに返答ができなかった。
だがダブルオーは聞くまで諦める気はないようだった。
刹那の顔を見つめたまま動かない。
刹那は観念した。
そして思った通りを言うことにした。
「お前に言われるまで、考えたこともなかった。
理由を言えば全て後付けになる。
あいつだから好きになった。だからあいつの…全てだと思う」
「…そう。俺が刹那を好きなのと同じ理由だね」
「ダブルオー…」
「俺が刹那を好きみたいに、刹那もあいつのことが好きなんだよね。
だったら勝ち目なんかない」
ダブルオーはそう言って目を伏せた。
刹那はかける言葉が見つからず、ベッドから立ち上がると、
ダブルオーの手にそっと触れた。ダブルオーが目を開けた。
「刹那、俺早く元の姿に戻りたいな」
「どうしたんだ?いきなり」
「一番大事な願いは叶わなかったけどさ、それ以外は全部叶った。
こうして刹那と話せて、触れあうことができた」
満足したからさ、後は元のMSに戻りたいよ。
そして刹那と一緒にまた戦っていきたい。
それが一番俺と刹那にはふさわしい、とダブルオーは言った。
「ああ、俺もそう思う」
「そういうと思った」
ダブルオーは笑うと、
「じゃあ先にみんなの所に行ってる」と言って出て行った。
ドアを出ると、そこにはロックオンがいた。
「刹那の言葉、聞いてた?」
「ああ」
壁にもたれて腕を組んだロックオンは、目を閉じたまま頷く。
「気がついてたのか、俺が聞いていたこと」
ロックオンは目を開いて、ダブルオーに向き直った。
「さっき気がついたよ。
スピーカーランプが点灯していたから」
いつからいたかはわからないけどね。
「さあ、いつからかな」
ロックオンは答える気はないようだった。
用が済んだとばかりに歩き出す。
その後をダブルオーが追った。
「それにしてもGN粒子ってのはなんでもありだな」
大人になっちまうなんてよ。
ロックオンがダブルオーを一瞥して言った。
「この姿になっても、あんたには勝てなかったよ」
「へえ、勝つ気でいたのか?お前」
ロックオンが前を見たまま、挑発するように答える。
ダブルオーは当たり前だ、と言った後に続けた。
「だから俺は、元の姿に戻ることにした」
先行していたロックオンの足が止った。
ダブルオーを振り返る、ダブルオーは頷いて続けた。
「この姿じゃ、あんたには勝てない。
俺があんたと対等になれるとしたら、MSに戻った時だけだ」
それならあんたと、同じ位置に立てる。
「…その時はお前の勝ちだろ」
刹那はお前に乗って、お前と一緒に戦うんだから。
そこに入ることは誰にもできない、例え自分でも。
顔を顰めていうロックオンに、ダブルオーはなぜか可笑しくなった。
確かにロックオンの言う通りだが、その刹那の心にはいつもこの男がいるのに。
「俺に勝ちを譲るわけ?」
「戦うことにおいて刹那の一番はお前だ、俺じゃない」
それが刹那だ。
ダブルオーはもっと早く、この男とこうして話せなかったことが、
少し惜しい気分になった。
「刹那を…これからも頼んだぜ、ダブルオー」
だからさっさと、もとに戻ってくれ。
「そのことなんだけどロックオン」
ダブルオーは初めてロックオンを名前で呼んだ。
ロックオンもそのことに驚いて、ダブルオーを凝視した。
「俺あんたのこと、少しだけ気に入ったから言っとくよ。
刹那のこと好きなのは俺だけじゃないから」
「……何だって?」
「エクシアもオーガンダムも、刹那が大好きだ。
今回は俺だったけど、次に機会があったら、彼らも人になって出てくるってさ」
エクシアは凄い美人で、オーガンダムはものすごくいい男だから。
頑張ってくれよな。
あんたは俺に勝ったんだから。
ダブルオーはロックオンの肩を叩くと、
再び子供の姿に戻り、通路を駆け去って言った。
「凄い美人に、いい男…?」
ダブルオーの言葉を、鸚鵡返しのように呟く。
(……勘弁してくれ)
恋敵が多すぎて、気が休まる暇がない。
だが、受けて立つぜ。
ロックオンは苦笑すると、ダブルオーの後を追った。
<了>
…こんなんでいいんでしょうか。
考えてみると今までのリク、全てR18ということに気がつきまして、
自分の頭の中が心配になってきたので、敢えてその部分なく書いてみました。
(一部怪しい部分はありましたが)
自分の持っているイメージですと、ダブルオーは大人のとてもいい男なんです。
ただそうするとやきもきしたロックオンが寝技に走りそうだったので、
敢えて子供の姿にさせて頂きました。
子供に真剣に焼きもちをやくってのも、らしくていいかな、と。
お気に召していただけるかはわかりませんが、慎んでゆーり様に捧げさせて頂きます。
リクエスト頂き、ありがとうございました。