秘密 

 

Before Days

互いに昇りつめ、白く霞む意識。
解放感を味わいながら、乱れた呼吸を整えるように、荒く息をはく。
汗ばんだ肌を縋りつかせて、余韻に浸る。

「お疲れさん」

ロックオンの言葉に、どこかぼんやりしていた頭が、現実に引き戻された。
刹那の体を覆っていた温もりと重みが、離れていく。

ロックオンが刹那から体を離した。
密着していた体。
刹那は皮膚が引き剥がされるような錯覚を覚える。

「よかったぜ」

ロックオンはそのまま体を起こすと、
刹那の汗で濡れた額を撫でて、床に足を下ろした。

夕べ脱ぎ散らかしたままの服を拾い上げては身につけていく。
白いシャツと暗色のパンツ、刹那が腰に巻く、瞳と同じ色のターバンを手にとると、
ベッドの足下に置いた。

「シャワーは浴びていかないのか」

ロックオンの着替えを、寝たまま眺めて聞いた。

「んー、別にいいよ。刹那が使え」

中出ししちまったから、気持ち悪いだろ。
部屋に戻って浴びるからいい。

スポーツをした後のような、身軽な調子で言いながら、靴を履く。

「じゃあな」

刹那の顔を見ないまま、ロックオンは立ち上がって部屋をでて行った。
後にはベッドで裸で横たわる刹那が残された。

ロックオンが出ていったドアを、しばらく見つめたあと、視線を外し天井を見あげた。

殺風景な灰色の天井。
昨日は揺さぶられながら、見るとはなしにみていたもの。

両腕をあげて、肘の内側を眺める。

最近、ロックオンは自分の体に痕を残さなくなった。
最初のころは、体中に鬱血の痕が散っていたものなのに。

そう言えばキスもしてこない。
行為の前も、後も。その最中でさえ。

唇で交したのは、一番始めの時だけだったが、
その後も頬や額に軽くしてくれていたのに。

行為の後は今のように、余韻に浸るでもなく、
刹那が息を整える間もない程さっさと体を離し、シャワールームに消えるか、
着替えて出ていってしまう。

刹那の顔は決して見ない。

(やはり飽きられている)

ここ最近、ロックオンと過ごした後、いつも思うことだった。

マイスターとして、出会ってから一年近くが経つ。

お互い初顔合わせのマイスター同士。
親睦を図り関係を強固なものにする、という上からの判断で同室になった。


同室になって半年ほど経った時、刹那はロックオンと体の関係を結んだ。
求めてきたのはロックオンからだった。

『お前が欲しい』

真剣な顔と声で言われた。
穏やかで、飄々とした態度のロックオンしか、自分は見たことがない。
初めて見るその顔は、怖いくらいだったが、刹那は頷いた。

成人した男性の生理機能はよくわかっている。
地上と違い、そういった相手も見つけられないのだろう。

何を好んで自分に声をかけてきたのかは分からなかった。
同室だったせいもあるのだろうが、それでも良かった。

ロックオンから求められたことが嬉しかった。

彼には心を許していた。

ロックオンは子供だからと、他のメンバーのように自分を差別しなかった。
同じガンダムマイスターとして、対等に接してくれた。

いつかの訓練の折には、刹那が操縦するガンダムを
『何かの時にはお前が切り札になる、頼んだぜ』と言ってくれた。

(俺を信じてくれた)

何かを「信じる」ことを止めた刹那に、寄せられた信頼。
それがとても嬉しかった。

あの後からだったと思う。
ロックオンに対して、他の誰にも感じられない感情を、思いを持つようになった。

自分をより必要とされた気がして、刹那はそれに応えたくなった。

だからロックオンの誘いに応えた。

 

ロックオンが望んだ行為は初めてではない。
少年兵だった時、周りの大人達の相手をさせられた。

てっとり早い性欲処理。

何人も仲間はいた。
彼らは何が気に入ったかわからないが、
自分が一番、そういう相手として選ばれていた。

ただ奪われ、吐き出されるだけの行為。
刹那にとっては何の意味もないものだった。

だが、一時だけでも、誰かに求められている、
必要とされている事実は嬉しかった。

だから苦痛をこらえて応じていた。

応じているうちに、体は快楽を覚えていった。
慣れてしまえば、なんてことはない行為になる。

『初めてじゃないのか』

ロックオンに聞かれた時、
刹那はそれを正直に口にした。隠すことでもなかった。

「誰だって同じだ。ただの欲望の処理だ」

だが、ロックオンは違う。

そう続けようとしたが、
ロックオンは『もう何も言うな』と刹那の口を塞いだので、黙った。

気のせいか、翡翠の瞳に傷ついたような光が走った気がした。
だが他人の気持ちを察する事に疎いことは自覚がある。
事実その後ロックオンには『その通りだ。その中じゃお前が一番よかった』と言われた。

刹那の胸はずきり、と痛んだが気にしないことにした。
何でそう感じたか、刹那自身にもわからなかったからだ。

ロックオンから求められるようになって、刹那は思いだした。
最初の内はよくても、男達はいずれ自分の体に飽きる。

目新しい次の相手に手を伸ばしていく。
それはよくわかっていた。

あの時はそれでよかったし、どうも思わなかった。
すぐに別の相手が、自分の体を満たす。

だがロックオンは違う。

自分から離れて行ってほしくない。
いつかそうなるかもしれない、と思うだけで、寂しくなる自分がいた。

出来ればずっと、自分を求めていて欲しい。

その気持ちが何と呼ばれるものなのか、気が付かないまま、
刹那はロックオンとの行為を重ねていった。

回数を重ねる度、
刹那は自分の懸念が現実になりつつあることを実感することになった。

刹那を抱く事に熱意が感じられない。
それでも自分を求めてはくれているから、刹那はそれに応えようと、
昔色々覚えさせられたことをしてみたりもしたが、嫌がられ、拒否された。

その後は苛められるように、激しく責め立てられる。
求められているわけではない。
ただ何かをぶつけられている激しさだけ。

体は快感でむせぶが、心はなぜか悲しかった。

ロックオンもいずれ飽きて、自分から離れていくのだ。
その日が近いことが、刹那は悲しかった。
身じろぎもしないまま、天井を眺めていた刹那は、やがて起き上がる。

いまでは分かる。
自分のロックオンへの気持ちが、何というものなのか。

教えて貰ったし、自分でも気が付いた。

だがロックオンは、刹那に言ったのだ。
『お前が一番都合がよかった』と。
そこに、望むような想いはない。

考えてもしかたない。

洗い流してしまおう。
この悲しい気持ちも、行為の名残りも。

刹那はドアを一瞥した後、シャワーブースに入った。

 

刹那の部屋を出たロックオンは、自室へと戻る途中アレルヤに出くわした。

「ロックオン、また刹那の部屋ですか」

自分とほぼ同じくらいの背丈。
黒髪の長い前髪は顔の半分を隠している。

このマイスターは、精悍な印象とは裏腹に、実に優しく穏和な性格だ。

人はみかけによらない、とはこのことだ。
性格に違わず、声も穏やかで口調も優しい。
その声に苦言の響きがあった。

アレルヤは自分と刹那の関係を知っている。
詳しくはよくわからないが、どうも刹那から聞いたらしい。

「ああ、それがどうかしたか?」

なんてことはないように、あくまでも軽く聞き流す。

「…ここ最近、毎日ですよね」

なんで知ってる、と言いたい。

刹那が話しているのだろうか。

自分達のことを、アレルヤには。
だとしたら刹那は、相当にアレルヤに気を許していることになる。
ヘタをすれば、自分より。

ロックオンの胸がちくり、と疼く。
疼きの感情につく名前に気がつきながら、
ロックオンは敢えてそれを考えないようにした。

「たまってるんでね」

肩をすくめて、アレルヤに向き直る。

「あなたに付き合わされる刹那も、気の毒ですね」

彼はまだ子供なのに。

「…そうでもない。あっちは大人さ」

自分でも顔負けのこと、色々してくれる。
最高だよ、とダメ押しでいうと、アレルヤは顔を赤らめた。

「ロックオン…!」

窘めようと口を開いたアレルヤの表情が変わる。
ロックオンの顔が辛そうに歪んでいた。

うまく隠していても、根が正直だから何かの拍子に顔に、態度に、言葉に出る。
今もそうだ。
アレルヤは言葉の代わりに息をつく。

「…最高だった割には、辛そうですけど」

今度はロックオンが口を噤む番だった。
自分の思い、見透かされている気がして視線を逸らす。

「その理由もわかってるんじゃないですか?」

「どういうことだ」

「刹那のこと、好きなんでしょう…?」

「…なんのことだかわからないね」

躊躇いがちにだが、はっきり聞いてきたアレルヤに、
ロックオンはあくまでもシラを切った。

刹那とは体だけの関係。
お互い、性欲処理の手近な相手だ。刹那もそう言ってる。

子供相手に本気になって、しかも片思いだなんて情けない。
妙なプライドで、自分の気持ちに正直になれないまま、
ロックオンは誤魔化すつもりで笑い飛ばそうとした。

「…そうですか」

アレルヤは何ともいえない顔で、
ロックオンを見つめたあと、ぽつり、と言った。

「シャワー浴びたいんだ、もういいか」

ロックオンは、バツが悪くなって、話題を変えた。

ああ、そうですね。
すみませんでした。

アレルヤが謝って頭を下げたのをきっかけに、ロックオンは逃げるように離れて行った。

(どうしたらいい?ハレルヤ…)

相談にのってよ。

アレルヤはため息をつくと、もう一人の自分、ハレルヤに話かけた。

 

 

アレルヤにも知られていることわかった。
自分と刹那の関係。

関係を結んだのはロックオンからだった。

同室になった、無口で愛想のない少年。
可愛げのないお子様だ、とは思ったが、
生い立ちか性格からか、他人の面倒を見るのには慣れていた。

面倒を見ていくうち、やんちゃな弟のような気になり、
嘘のつけない、まっすぐな性格が可愛らしいと思うようになった。

そしていつしか刹那に、別の感情を持つようになった。

自覚して、暫くは我慢したが、自分も成人した健康な男性である。
想っている相手と同じ部屋で、理性はそうはもたなかった。

刹那が好きだった。
欲しかった、我慢できなくなったから自分から求めた。


「お前が欲しい」と、言った。

てっきり拒まれるかと思ったが、刹那はあっさりと受けいれてくれた。

他のマイスターやクルーに比べて、
打ち解けて心を許してくれているように思えたのは、
惚れている欲目ではなかった。

受け入れられたことが嬉しかった。

初めての口付けを交して、刹那を抱いた。
行為に及んだロックオンは、刹那が妙に慣れていると思った。

もしかしたら、と思って、
終わった後に初めてじゃないのか、と訊ねたら、『ああ』と頷かれた。

その衝撃もさめやらぬうちに
『誰でも同じだ。なんてことはない、単なる欲望処理だ』と言われた。

淡々とした口調が、なおさら胸に刺さった。

刹那は初めてではなかった。
そして自分だから、という訳ではなかった。

刹那は更になにか言いかけたが、これ以上刹那の口から何も聞きたくなくて、
「何も言うな」と口を塞いだ。

なんてことだ、舞い上がっていたのは自分だけだった。
自分は本気だったが、刹那にとってはそうじゃないらしい。

自分には愛情を確認する行為も、単なる欲望の処理に過ぎない。
誰でもかまわないものらしい。

熱くなった体が冷えていく気がした。
自分が情けなくなって、誤魔化した。

「そうだな。俺もお前が一番都合が良かった」

同室で、小柄だし、女の代りにできる。
偽りを紡ぐ度に、胸が痛んだが、自分の気持ちがこれ以上傷つくのが怖かった。

 
刹那を抱けば抱くほど、辛くなった。

心はそこにない。
自分は好きなのに、刹那は違う。

行為の時、上がる声も、快楽にむせぶ顔も、くねる身体も、
自分だからではない。誰でも同じ。

快楽を与えてくれる相手には、この姿を見せるのだ。

やり切れなかった。

だが刹那を抱くことは止められなかった。

行為を重ねる内に刹那は、自分に対し、色々なことをしてくるようになった。
自分から上に跨って腰を振ったり、口淫をしかけたり、
自慰紛いのことをして誘ったり、娼婦みたいな真似をする。

慣れきったその行動が、かつての経験を想像させて、
もっとやり切れない思いになった。

確かに気持ちはいい。
裏腹に心の熱は冷めていく。

好きだと思う気持ちが、悲鳴を上げる。

そんなことしなくていい、と言えば、
『満足できなかったか』と聞かれる。

自分が肉の快楽を望んでいると、刹那は思っているのだ。
自分でそう言ったことを棚に上げて、ロックオンは刹那を責め抜くようになった。

かなり手酷いこともしたりするが、責める場所は決まっていた。
肌にキスを落すことも、いまは殆どない。
唇へのキスは初めての行為の時だけだった。

こんなこと、いつまで続ける気だ。
自分のためにも、刹那のためにも良くない。
そう思いながら、ロックオンは刹那の部屋へ通うことを止めることはできなかった。

 

翌日。
地上に降りるティエリアを見送った後、ロックオンは刹那の部屋に向かった。

何度も訊ねている部屋。
ドアを開けようとして、ロックがかかっていることに気が付いた。

「おい、刹那」

スピーカーで呼びかけるが、反応がない。

「刹那、いるんだろう?開けてくれ」

ロックオンはドアを叩いた。

「刹那には会えませんよ」

背後からアレルヤが話し掛けてきて、
さらに強くドアを叩こうとしたロックオンは気勢をそがれる。

「会えないって…どういうことだ?アレルヤ」

「ティエリアに相談したんです。
 あなた達のコミュニケーションに問題ありだ…って」

そうしたらティエリアが目を剥いて怒って、
刹那の部屋にロックをかけました。

「なんだって!?

ロックオンが頓狂な声をだした。

ティエリアから伝言です。
地上から戻ってくる迄の3日間で、この部屋にかかったパスワードを見つけろ。

あなた達の相互理解をそれでためさせてもらう、とのことです。

それができなければ、あなたと刹那のペアは解消です。
ヴェーダに確認をとり、決定されました。

「パスワードって…」

「簡単なコミュニケーションです。
 刹那があなたに望むことがある。それを打ち込めばいいだけです」

アレルヤはにっこり、と笑った。

「…わかるかよ」

ロックオンは憮然とする。
なんだこれは。
当人の了解なしで勝手に事を進めて。

「一年近く一緒にいて、見当がつきませんか?
 しかも半年も同じ部屋だったのに」

わかるかよ、刹那の気持ちなんて。
わかるどころか怖くて聞くことすらできないのに。

ロックオンは唇を噛んだ。

「刹那がよく了承したな」

ティエリアと刹那は犬猿の仲だ。
ティエリアのたてたこの計画に、刹那が二つ返事で乗るとは思えなかった。

「僕が間に入りましたから」

とアレルヤは言った。

刹那もそれでいい、と言ってくれたし、
スメラギさん達も了解してくれてます。

「俺は蚊帳の外で、勝手に進めてくれたわけか」

ロックオンの目が据わった。
腕を組んで、アレルヤを睨んだが、
アレルヤはまったく動じず、逆に笑顔を返してくる。

わかっててやっているのか、いないのか。

毒気をぬかれたロックオンは、大きく息を吐く。

「……刹那の望むことを、打ち込めばいいんだな」

確認するロックオンに、アレルヤは頷いた。

「いっときますけど、本人に聞くのは、なしですからね」

このミッションの意味がない。
アレルヤは念押しした。

通信はできるが、一方通行。
モニターに文字は打てるが、これも閲覧が入る。

「…徹底してるな」

たかが、こんなことで。
ロックオンは鼻を鳴らした。

「ティエリアがやったことだから」

「アレルヤ…お前も一枚かんでそうだが、
 パスワードも知ってるのか」

「…さあ、どうかな」

アレルヤは柔和に笑った。
でも知っていても教えない、と言った後、不意に真顔になった。

「それともう一つ。
 パスワードがわからなかったら、刹那は僕が貰います」

「なに!?

いきなりの爆弾発言に、ロックオンは目を剥いた。
組んでいた腕をとき、アレルヤに詰め寄る。

「ヴェーダから、ペアを組むよう言われました」

いいんじゃないかな、とアレルヤは言った。

刹那もあなたといることは辛いそうです。
僕といた方が楽だと言ってくれました。

僕の方があなたより、刹那のことを大事にできると思いますよ。

「……アレルヤ、お前も刹那が好きなのか?」

「好きですよ」

その気持ちはあなたにも劣らない。
アレルヤはどういう意味でロックオンがそう聞いてきたのか、
わかった上でシラを切った。
嘘は言っていない。

ただし自分の場合は「仲間として」という言葉が上に来る。
ロックオンにはきっと別の言葉がくる。

「そうか…刹那もお前の方がいいのか」

アレルヤの発言に、衝撃をうけたロックオンは力なく笑うと、
刹那の部屋の前を去って言った。

消沈した背中を見ながら、
ちょっとやりすぎたかな、とアレルヤは頭を掻く。

これで諦められちゃ、意味がないんだけど。

(ハレルヤ、本当に大丈夫なの?)

(いいから信用しろよ、おめーは。
 こういうのはライバルがいると燃えるもんなのさ)

自分の半身ではあるが、言葉の信憑性には疑問がある。

だがアレルヤも同意したことだ。

(頑張ってよ、ロックオン)

アレルヤはロックオンの背中に、声を出さずに語りかけた。

 

 

DAY

ロックオンが消沈していたのは、その夜だけだった。

刹那を好きな気持ち、諦めることはできない。
そしてアレルヤに刹那は渡せない。

翌日から、ロックオンは刹那が自分に望むことをさがし始めた。

最初に聞いたスメラギには
「さあ、なにかしら。あの子の考えていることはよくわからないもの。
 あなたが一番わかるでしょ」と言われた。

わからないから戦術予報士の彼女に聞いたのに。
どこか投げやりで使えない。

それにまた、昼間から酒を飲んでいる。
これで活動開始の時大丈夫か。

ロックオンはそっちの方に、危うく気をとられかけた。

次に聞いたクリスは、
「えー、あまり口煩くするなってことじゃない」と笑う。

刹那のすること、なんでもかんでも口出してるじゃない、と言われ、
あれは普通だろう、とロックオンは顔を顰めた。
クリスはなお、過保護な親みたいだから、刹那も息が詰まるんじゃない、
とロックオンの意気をくじくようなことを言った。
自分はそんなに口煩いのかと、肩を落したロックオンに、
心配なのもわかるが程々にね。
慰めるように背中を叩かれた。

リヒティは
「えーなんだろう。何かものじゃないッスか?」といった。

親にねだる子供じゃあるまいし、刹那はそんな性格じゃない、と思う。
第一なんで自分に頼むのか。
ロックオンなら聞いてくれそうじゃないですか。
刹那のことすごい世話をやいてるし。
リヒティは屈託なく笑った。

フェルトもラッセも、見当が付かない、と言った。

一応聞いた限りで、予想して打ち込んでみたが、どれもダメだった。

最後にイアンに聞いてみた。イアンは刹那を自分の子供のように大事にしている。
イアンには刹那の対応も他とは違う。何かわかるかも、と思った。

望んでいることねえ。

イアンは顎に手を当てて考えたあと、
「ガンダムで一緒に戦うことじゃないのか」と言った。
それはとうに打ち込んでみた、とロックオンは言った。

そうか、あいつは自分の望みは儂らには言わないからな。
スメラギと似たようでいて違うことをイアンは言った。

そういうことはお前さんが一番わかると思うがな。
どうなんだ、と言われたロックオンは、弱り切った顔になった。

「確かにみんなよりはあいつ考えの考えていることは分かるつもりだ。
 だが、俺に望むことなんて、わからないぜ」

欠点を直してほしいのか、して欲しいことがあるのか。

望むことがわからない。
行動なのか、言葉なのか、何なのか。

見当もつかない。
そもそも自分に望むことなんてあるのか、という気にもなった。

ロックオンは頭をかきむしりたい気になる。

相変わらず自分に関連したことには疎い奴だ、
とイアンは密かにおかしくなった。
さらに加えて言うなら、よっぽどペアは解消したくないらしい。

「当たり前だろ」

ロックオンは間髪入れずに応えた。

刹那の傍にいたいのだ。
他の誰でもない、自分が一番。

その位置は譲りたくない。辛くても苦しくても。

刹那が自分のことを、どう思っていても。
厄介な相手を好きになってしまったとは思うが、
この気持ちを捨てさることはできなかった。

「まあ、せいぜい頑張れ」

「ひと事だと思って」

俺は真剣なんだぜ。
憤慨するロックオンに、イアンはなお、おかしくなった。

 

 

DAY2

何をやってもパスワードに辿りつかないので、ロックオンは反則技を使うことにした。

ハロを繋いでパスワードの検索をかけさせてみたが、うまくいかなかった。
ティエリアは二重階層構造のセキュリティをかけていて、
あと2日では到底間に合わないことがわかった。
まったくさすがはティエリアである。手を抜くということがない。

普段は呆れを通りこして、感心するほどのその性格が、腹立たしい。

ロックオンは操作盤の脇に、拳をあてた。
ピッという音と共に、モニター画面が開く。

『ロックオンか?』

ディスプレイに文字が表示される。
画像は写らず、刹那の顔を見ることもできない。

つくづく徹底している、ティエリアの奴は。

「刹那、そっちは?息がつまらないか?」

一方通行だが、声は届く。
ロックオンは刹那に向かって話しかけた。

『問題ない』

刹那らしい返答だ。
簡潔で余計なことが一切ない。

「無理すんなよ、刹那」

『あんたこそ、無理をするな』

夜討ち朝駆けで、パスワードを打ち込んでいることを刹那は知っているようだった。
文字だけだから、刹那がどう思って打ち込んだのか、推し量ることはできない。

自分を気遣ってのことだとは思うが、
考えようによっては、そこまでする必要はない、と言っているようにもとれる。

アレルヤから、刹那が「辛い」と言っていたことを思い出した。

(だが、お前がどう思っていようと、俺は…)

「無理はしてない、必ず捜す」

そして傍にいるんだ、これからも。
ロックオンは、心で語りかける。

ディスプレイには、新たな画面が表示される気配がない。

「じゃあ一度、ハロを置いてくる」

スピーカーに語りかけ、ロックオンがその場を後にしようとしたとき、
ピッ、と音がして新しい画面が表示された。

『どうしてそこまで、頑張る?』

刹那からの質問。

「ペア解消は辛い。ずっと一緒にやってきたし、
 何よりお前は……仲間だ」

コミュニケーションに問題ありと、烙印を押されては堪らない。

好きだから、と言うことはできなかった。

ロックオンは今度こそ、刹那の部屋を離れた。
明日にはティエリアが帰ってくる。
どうする。
パスワードは、いまだ見当がつかない。

ロックオンはアレルヤの元に行った。

「ロックオン、パスワードはわかりましたか?」

アレルヤはいつものように穏やかに聞いてきた。

「アレルヤ、ヒントでも何でもいい。
 何か知ってたら教えてくれ」

アレルヤは、ロックオンの様子をずっと見ていて、
思ったより真剣に取り組んでいて驚いた、てっきり途中で投げ出すかと思ってた、
と言った後で訊ねた。

「何でそんなに真剣なのかな」

「何でって、ペアが解消されちまうんだぞ」

当たり前だろうが。

「…意外ですね、ロックオン」

刹那とは身体だけの関係でしょう。

ペアを解消したって、どうということはないんじゃないですか、
とアレルヤは言った。

ロックオンは「いや」と言って首を振る。

「それだけじゃない、刹那の隣にはお前が立つ」

お前には刹那は渡せない。

「どうして?」

「刹那が好きだからさ、俺も…お前と同じように」

「同じように…?」

「お前も俺みたいに刹那が好きなことは知ってる」

アレルヤは内心、ようやくここまできた、と思った。
二人の関係を初めて知ったとき、アレルヤは刹那自身の気持ちを聞いている。
聞いた上でなんとかしなければ、と思っていた。

だが肝心のロックオンの気持ちが分からなかった。
推察はできても、確信はもてなかった。

自分のしたことは間違っていなかった、と実感する。

「なら、なんで僕に聞くんです」

敵に塩を送るような真似、すると思いますか。
アレルヤはあくまでも穏やかなままで告げた。

「…そうだよな」

刹那を巡っては、アレルヤはライバルなのだ。
ロックオンは今更のように思い知った。

「すまない、忘れてくれ」

「…その分だと、お手上げですか」

アレルヤは嬉しそうに確認してきた。

「バカ言え」

最後まで諦めない。
邪魔したな。

ロックオンはアレルヤの元を去る。

そうだアレルヤには絶対に聞けなかった。
知っていても教えてくれる訳がないのだ。

『刹那が僕が貰います』と言ったように、
自分と同じ意味で、刹那が好きなのだから。

誰にも渡したくない、と強く思う。

刹那が部屋に閉じ込められてから、
自分の思いが、どれだけのものかわかった。

まだ1日ある。

その間になんとしても。
ロックオンは決意も新たに、刹那の部屋に戻っていった。

(ごめんね、ロックオン…)

でも、本当にあと少しだ。アレルヤはくすり、と笑った。

 

DAY3

ティエリアが戻ってくる時間が近づいていた。

ロックオンは結局、パスワードに辿りつくことはできなかった。
刹那が自分に望むことがわからなかった。
一番近くにいて、身体まで重ね合ったというのに。

刹那の感情や思いを察することも、
他の仲間より長けていると自負していたが、それも怪しくなる。

自分は刹那の何を見て来たのか。

ティエリアが戻ってきたら、ペアは解消だ。
組織が活動を開始する際、二人で行動することはできなくなる。

それだけじゃない。

アレルヤが刹那を奪いにくる。

少し空気が読めないところはあるが、穏やかで優しい男だ。
宣言通り、刹那を本当に大事にしてくれるだろう。
自分のように身体だけ弄ぶこともない。

刹那もアレルヤには、特別な思いを抱くかもしれない。

ロックオンは刹那の部屋の前に立つ。

いつものように、通信を繋げた。

「刹那、ごめんな。
 お前が俺に望むこと、結局わからなかった」

『…お前が謝ることじゃない』

ディスプレイの文字に、ロックオンは笑う。

「残念だよ、刹那。俺はお前とペアを解消したくなかった」

『どうしてだ』

文字が表示される。
ロックオンはディスプレイの文字を指でなぞった。

「仲間だからな」

昨日と同じ言葉を言った後、押し黙る。
思いなおしたように「違う」と言った。
口を開きかけては閉じる動作を何回かくり返した後、拳を握った。

「お前が……好きだからだ」

刹那が好きだった、仲間としての思いなんか超えて。
8つも年下なのに、本気になった。

好きだったから、欲しくなった。
だから求めた。

お前は何とも思っちゃいなかったから、今まで言えなかった。

ずっと隠していた本音。
最後に伝えてしまおう、と思った。

ロックオンは操作盤に額を軽く押しあてる。

いきなり扉が開いた。

刹那が飛び出してきて、ロックオンに抱きつく。

「刹那…?」

「俺もだ、ロックオン。俺もお前と、同じ気持ちだった」

好きだった。

ぎゅっ、と抱きつく刹那を、
ロックオンは訳が分からず受け止めた。

「…なんで扉が開いた?」

ロックオンは刹那と扉との間で、視線をせわしくいききさせる。

どういうことだ。
パスワードは入れていない。

なのになぜ扉が開き、こうして刹那が出て来ているのだろう。

ロックオンの頭は混乱した。

「アレルヤから言われていた。
 ティエリアが戻るまでにロックオンの気持ちが聞けると」

本当だった。
刹那の声が珍しく上ずっていた。

「俺の気持ち…?」

ロックオンは抱きつく刹那の黒髪を見下ろしながら訊ねた。
刹那はロックオンを見あげて頷く。

「ロックオンの気持ちが、ずっと知りたかった」

刹那は、気のせいでもなんでもなく、
本当に嬉しそうに言って、瞳を輝かせた。

こんな顔見るのは初めてだ。
こんな感情を露わにした顔。

ロックオンは呆けたように刹那の顔を眺める。

夢じゃないか、と思う。

気のせいでなければ、
刹那は自分のことを確かに「好きだ」と言った。

ロックオンの頭の中に何かが閃いた。

「刹那…まさか、お前の俺への望みってのは……」

半信半疑で訊ねるロックオンに、刹那が頷いた。

「パスワードは最初から設定していません」

アレルヤの声がした。
振り向くとアレルヤが、少し離れた通路で、笑みを浮かべて立っていた。

中から刹那にロックをかけてもらっていただけだった。

ロックオンから刹那への気持ちが聞けるから、
そうしたら扉をあけて出てくるように伝えてありました。
二人に近づきながらアレルヤは言った。

「アレルヤ、お前…」

アレルヤは肩を竦めた。

「刹那があなたを好きなことは、前から知ってたし、
 ロックオンの気持ちにも気が付いてました」

いい加減なんとかしたかったんです。
お互い本音が言えなくて、どんどん辛くなってたみたいだし。
だからティエリアを巻き込んで、協力してもらいました。

彼はこういう意図だとは気が付いてもいないけど。
マイスター同士のコミュニケーションの強化のつもりでいます。

ロックオンはあっけに取られた。

「この後は、二人でゆっくり話しあって下さい」

今までのこと含めて、全部。
ようやく気持ちが通じあったんだから。

アレルヤはにっこり笑うと、踵を返した。

 

残されたロックオンは、抱きつく刹那の腕を解くと、
とりあえず部屋に入った。

引き出されたままのベッドをソファ代りに腰かける。
その隣に刹那が座った。

「刹那、本当に…?」

まだ信じられない。
ロックオンは自分の耳を疑って、刹那にもう一度聞き返した。

「好きだ、ロックオン」

刹那はロックオンの瞳を見つめて、頷いた。

「刹那…」

だから、しよう。

刹那が再び抱きつくと、ロックオンのベルトに手をかけた。

「おい、刹那」

これは好き合うもの同士の、確認の行為なんだろう。

「ちょっと待てって…!」

ロックオンは手を押し留める。

「それもアレルヤに聞いたのか?」

刹那は首をふった。

好きだから欲しくなる、もっと傍に行きたくなる。
声しか聞けない3日間で、色々考えて、そうだと思った。

「お前との行為は特別なんだ」

ロックオンは目を瞠った。

「今までは誰だって同じだった、ただの欲望の処理だと思った」

求められたから応じていただけだ、
と刹那は言った。

そこに感情はなかった。
だがお前は違った。求められて嬉しかった。

自分からも欲しいと思った。
これでもっと傍に行けると、思ったんだ。

ロックオンは身体から力が抜けていく気がした。
気のせいではなく、脱力すると刹那の肩に額を乗せた。

「刹那…なんで今さら、それを言うんだ」

最初に言ってくれたら、今までのこと全く違っていたのに。
ロックオンは両手で刹那の頬を挟むと、言い聞かせるように話した。

「初めての時、言おうとした」

お前は他の奴とは違うって。
でもそれ以上言うなと言われた。

ロックオンが辛そうだったから、黙った。

初めて刹那と身体を重ねた日を思い返す。
ショックの余り、刹那の口からこれ以上何か聞きたくないと、
確かにそう言った。

全ては自分が招いていたことか。

あの時最後まで聞いていたら、こんなに苦しい日々はなかったのだ。
一時の残酷は、緩慢な苦しみに勝る。
そんな言葉があったような気がする。

ロックオンは情けない顔をした。
自分の気持、もっと早く正直に言えばよかったのだ。

そう思ったら、おかしくなって、肩が震えた。

「ごめんな、刹那。えらく遠回りになった」

刹那の顔から手を離す。

「好きだよ、刹那。お前が…大好きだ」

ロックオンは真顔になって言う。

「ロックオン…」

指で刹那の唇をなぞった。
刹那が薄く口を開ける。
吐き出した息が指にかかった。

誘われるように、ロックオンは刹那に口付ける。

唇へのキスは2回目。
そして思いが通じあってからは初めてのキス。

例えようもなく甘く、自分を疼かせた。

好きだ、と言ってくれた刹那。

だとしたら、今までの行為が全部、その意味を変える。
全て自分のための行為だった。

刹那がしてくれたことを思いかえしたロックオンは、
自分の身体が、どうしようもなく熱くなっていくのを自覚する。

初めて刹那を求めた時の、あの感覚が甦る。

「刹那、俺もお前が欲しくなった、いいか」

「ああ」

刹那の了承に嬉しそうに笑った後、ロックオンは思い着いたように立ち上がった。
ドアの操作盤をなにやらいじりはじめる。

「…何をしている」

「この後、誰にも邪魔されないようにな」

ついでにスピーカーもオフにした。
準備は全て整えた。

「好きだ、刹那…」

何度目になるのか、分からない告白。

ロックオンは刹那の元に戻ってくると、
囁くように告げて、その体に覆い被さる。

刹那が応えるように、首に腕を絡めた。
二人の唇が、三度重なった。
それを皮切りに、二人は身体を、そして心を重ねていった。

 

The Day After

「アレルヤ、ロックオンと刹那はどうだった」

戻ってくるなり、ティエリアはそう聞いてきた。

「無事、パスワードはわかったみたいだよ」

アレルヤは穏やかに笑っていった。

「設定は君にまかせたが、どういうパスワードにしたんだ?」

「それは…」

アレルヤは言い淀んだ後、
秘密だよ、と言った。

「秘密にする必要がどこにある。解除されたパスワードだろう」

ティエリアが更に促した。
二人の相互理解に協力したんだ。詳細を説明したまえ。

とんでもない、アレルヤは内心で焦った。
こんなこと、絶対にティエリアには言えない。

「うーん。知りたければ、後で二人に聞いて」

アレルヤは迷った挙げ句、二人に丸投げした。
案の上、ティエリアは不審な顔をした。

「なら刹那とロックオンはどこにいる」

「部屋でコミュニケーション中…だと思うよ」

アレルヤは曖昧に笑った。

「君のいうことはさっぱり要領を得ない」

ティエリアは、2人とも刹那の部屋にいるんだな、と歩いていった。
止める間もあらばこそ、さっさといなくなってしまう。

(かえってマズかったかな)

いま行っても無駄足を踏むだけだ。

1年越しのすれ違いに、ようやく終止符がうてたのだ。
思いを確かめあっている真っ最中の筈だった。

二人を繋げたパスワード。

いずれにせよティエリアには、永遠の秘密になると思うけど。

(これくらいの試練、どうということはないよね、二人とも)

アレルヤはおかしくなって笑った。

<了>

WIRED様
25000hitリク。大変お待たせいたしました。
お待たせした挙げ句がこれです。
こんなんでいいんでしょうか、お待たせした挙げ句に(また同じことを言いました)
毎回ドツボですが、パスワードの設定がティエリア、というところが、今回のドツボでした。
正確に言えば、設定していませんが…
一期の二人で書きました。刹那は初めてじゃなくて、経験だけは積んでいて、兄貴はちょい子供。
普段自分が書くロックオンとは、すこし違えてます。
代りにアレルヤが大人なところを見せてくれたようです。
WIRED様はアレルヤもお好きみたいですので、これもまたよしかと。
満足していただけたかは、本当に不安ですが、慎んで捧げさせていただきます。
リクエストいただき、ありがとうございました。