Fake・後編
※性行為の描写があります。苦手な方はご注意下さい
服を脱げ、とライルが言った。
この場で、と躊躇う刹那に「早くしろ」と急かす。
刹那はライルに言われるまま、服を脱いでいく。
「これでいいか」
下着一枚の姿になって、刹那が確認する。
「なにいってんだ、全部だよ」
ライルは鼻で笑った。
一糸纏わぬ姿になった刹那の体を、視線で上から下までなぞった後、
ライルはリビングのソファに刹那を座らせた。
「足開いて、刹那」
こんな風に。
膝頭に手をかけ、大きく割り開く。
「ラ、ライルっ…!」
羞恥に震える刹那の両手をとって、無理やり足を持ち上げさせる。
そして股間を自分の眼前にさらさせた。
ライルはくっ、と笑うと、刹那の足の間に座りこんだ。
「ここは、どれだけ使った?」
兄さんを受け入れた?
ライルは優しく言うと、刹那の後孔を指でなぞった。
「なあ…答えろよ」
人差し指で入り口を引っ掻く。
刹那は唇を噛みしめた。
「答えろって言ってんだろ!」
ライルは固い閉じられたままの後孔に、無理やり指を突っ込んだ。
「うあっ!」
苦痛に刹那が顔を歪める。
ライルはその声など構いもしないで、さらに挿れる指を増やした。
「あ…きつ…っ」
刹那は苦痛を耐えながら、覚えていない、と言った。
「そうか。覚えていないくらい、兄さんとやったんだな」
どうだった?
兄さんは優しかったか。それとも少しは乱暴だったか、こんな風に。
ライルは熟れていない後孔に更に指を突っ込んだ。
入り口の筋肉が引き攣れ、今にも切れてしまいそうだった。
「ライ、ル…やめてくれ」
「なに言ってる、これからだろ」
何でもしてくれるんだろ。
ライルは挿入した3本の指で内壁を擦る。中で指を折り曲げ、あちこちを引っ掻いた。
「ああっ!」
ソファの背もたれに頭を押付け、刹那が喘いだ。
擦り上げる後孔から、腸液が分泌され始める。
滑りのよくなった中で指を動かしなから、ライルは刹那の足を限界まで開いた。
内股の付け根に刻まれた鬱血の痕。
兄が刹那を愛した証を見つけ、ライルは歯を噛みしめた。
「俺を好きだと言っておいて、ここまでキスさせるんだからな」
ライルは、鬱血の痕の一つに噛みついた。
「あ…っ」
その刺激に、刹那の喉が仰け反る。
「だから、信用できない」
ライルはそういうと、尚執拗に後孔を蹂躙した。
指だけで散々翻弄した後、ライルは刹那を無理やり立たせると、
リビングの壁に手をつかせた。
小振りで張りのある尻肉を、両手で押し広げ、後から挿入する。
根元まで埋め込むやいなや、刹那の細い腰を掴んで、抽挿を始めた。
「ああっ」
打ち付けるような、激しい動きに、刹那の背中が大きく反った。
縋るものを求めて、リビングの壁に爪を立てる。
「もっと、腰ふれよ」
揺さぶり続けた後、冷たく言い放つ。
「ム…リ、だ…もう…」
「ムリじゃないだろ、ほら!」
ライルは、叱咤するように、刹那の尻を叩いた。何度も掌を打ち付ける。
振動が肉壁に伝わり、刹那の喘ぎが更に強くなった。
刹那は、ライルの言葉に、気を取り直して腰を動かす。
ライルが内部に昂ぶりを放つのに合わせて、刹那も昇りつめた。
壁に刹那の放ったモノが飛び散る。
ずるり、と砲身を引き抜かれ、腰が崩れるように床に膝をついた。
刹那の内腿を伝い、ライルの残滓が零れて、床に小さな水溜りを作った。
「ああ、汚れちまった」
座り込む刹那を見下ろしながら、ライルは呆れた口調で言った。
「刹那、舐めてキレイにして?」
あまりの物言いに、刹那はライルの顔を見上げた。
水色がかった碧色の瞳は、照明を背にしているというだけではない、
昏い輝きを宿したままだった。
顔は笑っていたが、明らかに造ったものだとわかる空々しい笑みだった。
さすがにそれは、と言おうとして諦める。
拒んでもいいように、刹那に伺いをたてるようには言っているが、
実際のところは、刹那が拒絶することなど許さないのだろう。
何でもする、と言ったのは自分だ。
刹那は屈辱感を耐えながら、ライルの言うとおり、
床に滴り落ちた残滓の溜りに、舌を這わせた。
床を舐める赤い舌と、白く濁った残滓のコンストラストを見下ろしながら、
ライルは尚、酷薄な笑みをはいた。
「嬉しいよ、刹那。オレのお願い聞いてくれて」
ご褒美に、もう一度抱いてやるよ。
ライルはそう言うと、刹那を床に横たえ、体にのしかかっていった。
「刹那、調子が悪いんじゃないのか?」
講義が終わった後、隣に座っていたティエリアが、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だ、ティエリア」
刹那は机上に開いていたタブレットをしまいながら、
いつもと何も変らない口調で答えた。
「だが明らかに顔色が悪い。
君はそういうことは誰にも言わないから心配だ」
ティエリアの眼鏡の奥の瞳には気遣う色が浮かんでいた。
相変わらずティエリアは、自分のことをよく見ていると刹那は思った。
自分にとって数少ない友人の一人で、親友と言っていい。
生真面目で融通が効かず、厳しい一面はあるが、
自分をいつでも優しく、気遣ってくれる。
だからこそ、ティエリアには知られる訳にはいかない。
「こっちに戻ってきたからな、遅れは取り戻さなければいけない。
家で根を詰めているせいだろう」
刹那は、当たり障りのない理由を捜して言った。
「…あの男がまた、刹那を振り回しているんじゃないだろうな」
ティエリアは、探るような視線を刹那に向けてきた。
「…今のところそういうことはない」
刹那はティエリアを安心させるように、淡々と言い切った。
ティエリアのいう「あの男」とはライルのことである。
刹那の恋人であるライルに対するティエリアの感情は更に悪化している。
自分の素行を棚に上げて、一時とは言え他の人間に気持ちが傾いた刹那を、
家から追い出した、と認識しているからだった。
刹那が自分から出て行ったのだと説明しても、そういう問題ではない、
と聞く耳を持たなかった。
ニールと付き合い始めたことを、一番喜んだのは、他でもなくティエリアだった。
何回か会って、同じ顔だがライルとは全くタイプが違うことに、すぐに気がついたらしい。
これで刹那も幸せになれる、とティエリアは言っていた。
刹那がライルの元に再び戻った時は、なぜなんだ、と詰め寄られさえした。
「ならいいが…」
ティエリアは尚も何か言いたげな口調だったが、
刹那は無理やりそれを遮って立ち上がった。
立ち上がった拍子に、腰に鋭い痛みが走ったが、表情に出すことなく耐える。
「行こう、次の授業がある」
刹那はティエリアを促して、教室を後にした。
ティエリアが気遣った通り、刹那の体は疲弊していた。
ライルの元に戻って、1ヶ月が経ったが、
その間一日たりとも、ライルに抱かれなかった日はない。
『何でもする』と言った刹那の言葉を試すかのように、ライルは毎晩、刹那を抱いた。
今までと変らない普通の抱き方の日もあるが、それは絶対的に少ない。
ライルはいたぶるように刹那を抱いた。
刹那自身を縛ったまま解放を許さず、後だけを執拗に責め立てたこともあれば、
四肢を縛り機械をつっこんだまま、一晩中放っておかれた時もある。
鏡の前で繋がった部分を見せつけられながら、言葉で犯されるように、
卑猥な言葉を強要させられたこともある。
目の前で自慰をさせられたのも一度や二度ではない。
アブノーマルなプレイも、いくつかさせられている。
刹那の体力はみるみる消耗していった。
抱く、というより犯されている、と刹那は思う。
だが刹那には、ライルの行動を拒むことはできなかった。
ここまでの行動を彼にさせているのは、自分にも原因があると思っていた。
彼の中に、これ以上昏い感情を溜まらせたくはなかった。
早く出会った頃のようなライルに戻って欲しい。
刹那はライルと初めて会った時を思い出す。
自分と違って、太陽が、光が似合う男だと思った。
明るくて気さくで、正の気に溢れた男だった。
友人も多く、男女問わずに人気がある。
彼のようであったら、毎日は楽しいだろう、と思った。
ライルから告白された時の驚きと嬉しさは、忘れることができない。
誰かから求められたのは初めてのことだった。
告白されて、自分もライルが好きなことに気がついた。
憧れの気持ちは刹那の中で、いつしかより強く、深い思いに変っていた。
刹那にとっての、初めての恋だった。
一緒に暮らし始めて、しばらく経った頃に気がついた。
ライルが鬱屈した澱のような感情を心に抱えていることを。
それが何かは刹那にはわからなかったが、
ライルがそれに苦しみ、悩んでいることは分かった。
刹那はライルの力になりたかった。その気持ちを少しでも軽く、
楽にできたらいいと思った。
彼がそれを知られたくないことは、何となく分かったので、
自分から訊ねることはできなかった。
いつかライル自身が話してくれるまで待とうと思った。
その間何回も浮気された。
ティエリアや数少ない友人達にはその都度「別れろ」と言われたが、
刹那はなぜか、別れる気にはならなかった。
最初の浮気の時に、彼を許したせいだろうか。
浮気をしても、回数を重ねても、自分から離れることのない刹那に、
ライルはある意味で「愛されている」と絶対の信頼を無意識に置いていたのだと思う。
刹那なら大丈夫だと、甘えていたのだと思う。
そうしながら、彼は無意識に、今と同じように刹那を試していたのかもしれない。
なのに、自分がそれを裏切った。
皮肉にもそれで、自分が知りたかった、ライルの鬱屈の理由が分かった。
兄、ニールと常に比較され、ライル・ディランディとしてではなく、
「ニールの弟」として「劣ったニール」として見られてきた気持ちが。
誰だって自分を見て欲しい。比べることなく、ただ存在を認めて欲しい。
ずっとそれを胸に抱えて生きてきただろうライルを思うと、
刹那の胸は自分のことのように痛んだ。
好きというだけじゃない、愛しいと思った。
自分自身を見て貰えなかったライルの気持ちごと、抱きしめたいと思った。
苦しいのなら吐き出して欲しい。
自分に頼ってほしい。
そして二人で、歩いて行きたい。
刹那はそう思っていた。
ライルを裏切っておいて言えた義理ではないが、
どちらも知った自分だからこそ、言うことができる言葉があった。
(伝えたいんだ、ライル)
だが、今の彼に「言葉」は届かない。
だから体で伝えるしかない、そして行動で。
ライルが分かってくれるまで。
再び自分に心を開いてくれるまで。
問題はそれまで、この体と体力が持つかどうかだ。
刹那は下肢の痛みを堪えて、歩き続けた。
今日こそ、帰ってこないのではないかと思う。
自分に愛想を尽かしてしまったのではないか。
部屋で刹那の帰りを待ちながら、ライルはそんな不安にさいなまれる。
頭の冷静な部分では「当然だろう」と思う。
刹那が戻ってきて2ヶ月。彼をまともに抱いたことなど殆どない。
嫌がる行為を強要し、心など置き去りにして体の快感だけを高める。
抱くというより犯す行為。
いつ出ていってもおかしくはないと思う。
そんな夜を毎日過ごさせている。
出て行くのなら、さっさとして欲しい。
ライルはそう思って刹那を抱く。そうしたら今度こそ諦めがつく。
(兄さんの元に戻っちまえばいい)
そこまで考える。
兄さんなら、こんなことはしない。
刹那を温かく、優しい思いだけで包んでやることだろう。
(刹那、お前が苦しむことはなくなるんだ)
だがライルの思いとは裏腹に、刹那は今も傍にいる。
どんなことをされても。
信じていいのかもしれない、刹那の言葉を。
だがもし、そう思って、刹那が帰ってこなかったら?
自分は耐えられない。
信じるのが怖い。信じて、裏切られたらどうする。
そうさせても仕方ない行動を自分はとっているのだ。
(嬉しかったくせに)
刹那が戻って来たとき、好きだと言われた。
誰でもなく自分を。
望む言葉が、一番愛しい相手の口から出て来た時、なぜ素直になれなかった。
自分の弱さに反吐がでる。
この気持ちごと、刹那に話してしまえば、楽になれるのに。
ライルは昏く笑う。
こんな自分から離れることが、刹那の為にはいい。
そう思いながら手を離せない。
もう戻ってくるな、と思いながら、刹那の帰宅を待ちわびる。
前にも後にも進めないまま、ライルは玄関の開く音に、絶望と歓喜を感じた。
「アレルヤ、今日こそあの男に言わせてもらうぞ」
キャンパスの食堂で昼食をとりながら、
ティエリアは向かいにすわるアレルヤに切り出した。
アレルヤはフォークで突き刺した肉を、皿に戻した。
食べながら聞ける内容の話ではないと思った。
「…刹那のこと?」
「他に何がある」
僕とあの男が話す理由など。
ティエリアは当たり前の事を聞くな、とアレルヤを睨んだ。
「だいたい君は気がつかないのか?刹那のあの様子」
「まあ、ずっと調子は悪そうだけど…」
アレルヤが言い淀む。
「そうだ、ずっとだ。
もっと正確にいうなら、刹那がここに戻ってきてからずっとだ!」
どうせあの男が絡んでいるんだ。
ティエリアはテーブルに乱暴に手をついた。
「落ち着いてよ、ティエリア」
アレルヤが宥めるように、愛想笑いを浮かべる。
「僕は冷静だ」
どこが、とアレルヤは思ったが、口にして更に話をややこしくしたくはない。
どうしたものか、と思う。
刹那の様子については、アレルヤも気がついていた。
アレルヤにとっても、刹那は仲のいい友人である。
しかもアレルヤは、体調がすぐれない理由も知っていた。
刹那の調子があまりにも悪そうなので、
メディカルセンターに、ハレルヤ共々、無理やり連れて行こうしたことがある。
刹那は頑ななまでにこれを拒み、訝かしんだハレルヤが、
恫喝まがいに無理やり聞き出した。
「あいつぶっ飛ばす」と憤ったハレルヤを宥めるのに、とてつもない苦労をした。
最終的には刹那の懇願に絆されて、渋々諦めてくれたが。
その時に誰にも話さないでくれ、と念を押された。
ティエリアに話したらどうなるかなど、考えたくもない。
ヘタをしたら流血沙汰だ、とアレルヤは思った。
「いろいろあるんだよ、恋人同士にはさ」
君にもわかるだろう。
「僕はあの男を、刹那の恋人とは認めていないぞ」
アレルヤの発言は、見事に無視された。
あの男が刹那の恋人というなら、もっと幸せにしてみせろ。
刹那を悲しませてばかりのくせに。
ティエリアは鼻息も荒く言った。
「いずれにしろ、刹那の調子が悪いのに放ったらかしというのなら、
こちらにも考えがある」
「どうするつもりなんだい?」
「あの二人を別れさせる」
ティエリアが眼鏡を押し上げて、アレルヤに宣言した。
「駄目だよ、ティエリア」
アレルヤは穏やかな口調のまま、きっぱりと言った。
それは刹那が決めることだ、僕達が口を出すことじゃないんだよ。
有無を言わさぬ雰囲気に、反論しようとしたティエリアは口を噤んだ。
穏やかで柔和なアレルヤだが、本気になって怒るとハレルヤですら、
何も言えなくなるほどの迫力を持つ。
いまのアレルヤからは、その気配が滲みでていた。
「刹那が心配なんだ…」
ティエリアは唇を噛んだ。
テーブルの上に置かれた手に視線を落す。
アレルヤが分かってる、といいたげにその手を握った。
顔を上げたティエリアの前には、宥めるように笑うアレルヤの顔があった。
「それは僕も同じだよ、でも刹那が大丈夫だと言ってる。
それを信じよう」
ティエリアは、納まりきらない気持ちを抱えたままだったが、
アレルヤの言葉に頷くしかなかった。
「う…あっ…あ」
明らかにやつれてしまったと分かる体に、手を這わせる。
快感に尖った乳首を指で押し潰しながら、繋がった下肢を揺さぶる。
「あっ…」
刹那が眉根を寄せた。
それは快感に耐えるというよりは苦痛を耐える表情だった。
上がる声にも、甘い響きは消え失せている。
明日が休みということもあり、
ライルは刹那が戻ってくるなり早々に、彼をベッドに連れ込んだ。
それから延々と刹那を抱き続けている。
窓の外の空は白み始めていて、夜明けが近い事がわかった。
ライル自身で、機械で、翻弄され続け、刹那の体はもう限界と言ってよかったが、
ライルは自らの放ったモノで一杯になった刹那の後孔から、
それを掻き出し、尚も行為を続けた。
「刹那あ、もっと力いれろよ。もうガバガバじゃないか」
ちっとも気持ち良くない。
ライルは刹那の髪を引っ張った。
(もう、いい刹那)
心で思いながら、ライルは敢えて冷たく言った。
教えるように腰を一度だけ強く打ち付ける。
「あ…っ…す、まな…い」
下肢の感覚はもうなくなっていた。
一度掻出されたとは言え、散々注ぎ混まれたライルのモノで腹も苦しい。
快感は欠片も感じなくなっていた。
だが彼を、彼の言葉を拒絶することはできない。
刹那は懸命に下肢に力を込めて、後孔をすぼませた。
「なんだ…まだいけるじゃないか…」
熱の籠もらない声で、つまらなさそうに言うと、
ライルは刹那の腰を掴んで、抽挿を再開した。
「ああ…ん…んっ…あ…」
もはや悲鳴でしかない声が、刹那の口から零れる。
(何でだ)
なぜ、何もいわない。
もう無理だと、限界だと。
こんなことはやめてくれと、自分に言ってこない。
下肢に力などもう入らないだろうに、自分に応えて言われた通りにする。
ライルは刹那を揺さぶりながら、顔を歪めた。
「何でだ…」
ライルの声に、刹那が閉じていた目を開ける。
ライルは刹那の瞳を見つめながら言った。
「何で拒まない、辛いだろう?
もう気持ちよくなんか、少しもない筈だ。
なのになんでお前は、まだ……!」
ライルは泣きそうな顔をしていた。
「い…い…んだ」
刹那は、ライルに微笑む。
あやすように、宥めるように。
「なんでもすると言った。だからいいんだ、お前は何をしても…」
ライルは腰の動きを止めて、刹那を見下ろした。
「どうして…そこまで……」
「お前が…好きだからだ」
誰よりも何よりも。
だからお前の気のすむようにしたらいい。
どこにも行かないから、どんなことをされても。
辛いのはお前だ。
「刹那……」
ライルは呆然と、刹那を凝視した。
『お前が好きなんだ』
刹那の言葉が、真実ライルに届いた瞬間だった。
いま初めて分かった。
刹那はずっと、伝えてくれていた。自分への思いを。
言葉ではなく体で。
自分が刹那の言葉に聞く耳を持たなかったから。
癇癪を起こした子供が、物にあたるように、刹那の体に全てをぶつけていた自分を、
ただ黙って受け止めてくれていた。
あるがままに。
そしてそれが、自分の望みそのものだった。
刹那の優しさに、自分はまた甘えていた。
そして今まで気付くこともできなかった。
刹那の胸に、滴が落ちた。ライルの瞳から涙が零れていた。
「…ごめん…ごめんな…刹那」
嗚咽を堪えながら、ライルは搾り出すようにそう言った。
「…やっと、お前に届いた……俺の言葉」
嬉しい、と言って刹那はライルの頬に手を伸ばした。
愛おしむように頬を撫でる。
その手がぱたり、と下に落ちた。
「刹那…?」
張り詰めていた気が緩んだ刹那には、もう限界だった。
「刹那!?しっかりしろ!」
ライルが刹那の頬を叩いて、肩を揺さぶる。
(泣くな、ライル。俺は大丈夫だ…)
ライルの悲愴な声を遠くに聞きながら、刹那の意識は闇に沈んでいった。
意識を失った刹那を、メディカルセンターに運んだライルは、
そこで医師から刹那が強度の身体衰弱状態である、と聞かされた。
いつ心臓がとまっていてもおかしくなかったと言われ、
改めて自分のしたことを悔いることになった。
愚かな行動で、自分は、刹那を永久に失っていたかもしれなかった。
駆けつけてきたティエリアとアレルヤ、ハレルヤには、
懺悔の意味もあって正直に理由を言った。
ティエリアは全て聞き終わると同時に、思い切りライルを殴りつけた。
細身の体のどこにこんな力があるのか、とライルが驚く程強い力だった。
勢いで体が床に崩れる。
殴られた拍子に切れた口の端から血が滴った。
「立て、ライル・ディランディ!」
ティエリアは顔を真っ赤にしていた。
目が憤怒で燃え上がっていた。
「よせよ、ティエリア」
なおも殴りかかろうとするティエリアの腕を、
後から掴んで、ハレルヤが止めた。
「なぜ止める、ハレルヤ!」
ティエリアはハレルヤに噛みつく。
刹那をこんな目にあわせておいて、これくらいで済むと思うのが間違いだ。
ここがメディカルセンターであることなど、すっかり忘れて、
ティエリアが怒鳴った。
「ティエリアの言う通りだ」
ライルは口元を拭うと、立ち上がった。
「殊勝な心がけだな、ライル・ディランディ」
「やめろって」
ハレルヤはうんざりした口調で言った。
「だからどうして、止める、ハレルヤ!」
「こんな男、お前が殴る価値もないだろ?」
ハレルヤはライルを一瞥して、蔑むように言い放った。
ティエリアは振り上げた拳を下ろし、肩を力なく落す。
「どうして刹那は、こんな男に…」
悔しさからか、憤りからかティエリアの目に涙がにじむ。
ハレルヤが、ティエリアを慰めるように抱きしめた。
「何か言うことはないかい?ライル・ディランディ」
今まで黙っていたアレルヤが、ライルの前に出てきた。
銀色の瞳には、金属のように冷たい光が宿っていた。
ティエリアのようにあからさまな感情の表出はないが、
強い怒りが心の奥底にあることは見てとれた。
「あんた達の言う通りさ」
自覚はあるんだね。
アレルヤは突き放すように言った。
「今さらこんなこと言えた義理じゃないが、
本当に済まなかったと思っている」
ライルはうなだれた。
「それを言うのは、僕達にじゃないだろ」
刹那はずっと、君を想っていた。
君に想いが届くことを、信じて待ち続けていた。
言葉では伝えられないから。
体で、行動で示すしかない、そう言っていた。
だがこれを伝えれば、君はそれすら嘘にしてしまう。
君が信じない「言葉」そのものだから。
僕とハレルヤは、刹那の願いだから、
君がしたことを知っていながら黙っていた。
刹那の思いに応えるために。
アレルヤの言葉は、ティエリアに殴られた以上の痛みをライルに与えた。
「…どうしようもない男だな、オレは……」
「そうやって逃げるな」
アレルヤは毅然と言った。
「受け止めるんだ、ライル・ディランディ。
そう思った自分を、卑下するのではなく、ただあるがままに」
刹那はまだ、君を信じているから。
ライルはアレルヤを凝視した。
穏やかな表情だが、その感情を読むことはできない。
だが言葉だけが、胸に響いた。
廊下で遣り取りする4人を、興味半分で囲っていた人垣を押し分けて、
メディカルスタッフがやってきた。
刹那の意識が戻ったことを告げる。
「今度は君が、刹那に応える番だよ」
アレルヤはあくまでも穏やかなまま、ライルを促した。
「アレルヤ…」
「誤解しないで欲しいな。僕が君を許すのは、刹那が君を好きだからだ」
君の為じゃない。
次に間違えたら、容赦しないからね。
「分かってる」
空々しい笑顔でいうアレルヤに、慌ただしく返事を返し、
ライルは刹那の個室に入っていった。
意識が戻った刹那は、仰向けにベッドに横たわっていた。
ドアの開く音に、首だけを横に向けた。
「具合はどうだ?刹那」
「…大丈夫だ」
「大丈夫じゃないだろ…」
ごめんな、刹那。
ライルは改めて言うと、刹那のベッドの横に椅子を持ってきて座る。
黒髪をそっと指で梳いた。
「聞いて欲しいことがある、刹那」
「なんだ…?」
そして話始めた。
今までの自分の気持ち、刹那への思い全て包み隠さず。
刹那は黙って聞いていてくれた。
話が終わったあと、刹那は顔を天井に向けた。
ライルの言葉を全て、胸の中で受け止めるように目を閉じ、
再び顔をライルに向けた。
「ライル、俺はお前の口から、それが聞きたかった。
お前の思いなら、全て受け止めたかった。楽になって欲しかった」
そしてそこから、解放されてほしかった。
刹那はシーツから手を出して、ライルの頬に触れた。
「お前と、歩いていきたいんだ」
「刹那…」
「好きだ…」
お前が好きだ、ライル・ディランディ。
刹那が微笑んでいった。
ライルは、頬に当てられた刹那の手を強く握った。
「俺も好きだ、…刹那」
お前が。
誰にも渡したくない。この先誰にも。
「傍にいるから、ずっと」
刹那がもう片方の腕を、ライルの顔に伸ばす。
「信じてくれ……」
「ああ……信じる」
思いが通じ合った二人は、長い口づけを交した。
刹那は2週間ほどの入院の後、ライルの元に帰ってきた。
その夜のことは、刹那にとって忘れられない一夜になった。
刹那にとって初めて感じるライルの抱き方だった。
言葉も、動きも彼の一挙手一投足が、優しさで満ちていた。
己の快楽のみじゃなく、二人で高まっていこうとする行為だった。
愛されていることを体でも実感した。
心も体も満たされて、刹那は自分から理性を手放した。
ライルにとってもそれは同じだった。
愛しい体をただ満たしてやりたくて腕に抱く。
蕩けるような気持ち良さだけの時間を、過ごして欲しい。
ライルはそれだけを思って、刹那を抱いた。
ソファに座ったライルは、頭を背に預け、過去に思いを馳せていた。
刹那と再び心を通い合わせてから、一年が経った。
二人はあの頃のように、殆ど毎晩、肌を重ねている。
だがそれは、優しく愛しいだけの時間。
思う心を分かち合う為の時間だった。
ライルの浮気は、ぱたりと止んだ。
誰を見ても、心が動かされることはなかった。
ライルにとっては、刹那以上に心を向ける存在など、考えられなくなっていた。
自分はニール・ディランディの弟じゃない。
紛いものなんかじゃない。
ライル・ディランディという、たった一人の存在なんだ。
刹那がそれに気がつかせてくれた。
比べるな、と言いながら、誰より兄に捕われていた自分を解き放ってくれた。
だから刹那の手は二度と離さない。
手を離さないでくれてありがとう、刹那。
まだ時々は兄の影が、自分をほろ苦くさせるけれど。
刹那と二人で歩いていく限り、変っていくことができる。
(愛している、刹那)
この思いも全て、お前に伝えたい。
そしてこれからもずっと歩いていきたい。
ライルは、手に握った箱の蓋を開いた。
箱の中には、指輪が納められている。
刹那が帰ってきたら、プロポーズするつもりだった。
つい先日、ライルは地球に行くことが決まった。
そこにあるダブルオー機関に入るためだった。
そこは、イオリアラボに並び称される頭脳が集まる、研究機関だった。
何より地球に行くということは、惑星連合に住む者にとっては特別な意味を持つ。
それを知った後からだろうか、ライルの身辺は急に騒々しくなった
知り合い程度が友人と称したり、言い寄ってきたりする。
ライルがエリートコースに乗ったことを知った輩が、取り入ろうと寄ってくる。
あわよくば、特別な座におさまろうと口説いてくる。
今までのライルの行状を知っている者達は、好機と受け取ったのだろう。
あまりにも見え透いていて、ライルは逆におかしくなった。
(俺の伴侶は決まってる)
刹那以外にはいない、考えられない。
地球に連れていくのも。
そろそろ、刹那が帰ってくる頃だ。
刹那があまり好きではないため、煙草はきっぱりと止めた。
今は吸いたいとも思わない。
ライルは手持ち無沙汰に指を動かす。
本でも読むか、と思った時だった。
玄関のドアが開く音がした、刹那が帰ってきたのだ。
「ただいま、ライル」
「お帰り、刹那」
ライルは立ち上がって、愛しい相手を出迎えに、ドアに向かった。
<了>